【43】理を超える愛◇◇サイラス・アステリア視点
◇◇サイラス・アステリア視点
「サイラスーー!!!」
アイリーンの叫び声が聞こえる。
今すぐに戻って抱きしめたいのに、何故か強く雲の合間に見える裂け目に行かなければならないと感じてしまう。
まるで僕が僕ではなくなってしまったかのようだ。
背中に生える羽がまるで元々あったものであるかのように当たり前のように僕を運んでいく。
高く高く昇っていくと、やがて、光に包まれた。
――気がつくと、僕は真っ白な空間の中に佇んでいた。
「…驚いた。人間が自分で神域に乗り込んでくるなんて思わなかったわ。」
そう言って、一度目に『星の祝福』で会ったルキア様が目を丸くしている。
「…乗り込んだというより、呼び寄せられたような気がしたんですが。」
僕の言葉に彼女は頷く。
「ここは、本来、人間の認識では存在しないはずの領域なのよ。私達が呼ばなければね。
…つまり、貴方の能力は『観測の限界』を変えたということよ。」
「…どういうことですか?」
すると、彼女は少し哀しむように言った。
「あなたの魂はすでに“観測者”として認識されてしまったの。
これ以降、世界はあなたを“人間”として記録できなくなる。
――残念だわ。あなたと、アイリーン・クロノスを出来たら結んであげたかったのだけど。」
その言葉に僕は目を見張る。
「…っ、な、どういうことですか?」
すると、ルキア様は溜息を吐いた。
「ねえ、おかしいと思わなかった?
――たかが人間が世界の境界を簡単に、自由に超えられるということを。
私達ですら、人間を召喚するのに大きなエネルギーを使うというのに。
貴方はアイリーン王女を異世界に避難させて、そして、神の作った叡智のカケラまで破壊した。
それが出来た時点で、もう――。」
その瞬間、辺りが激しい光に包まれる。
「申し訳ないけれど、貴方はやりすぎた。
ここに来てしまったからには、これからは『観測者』になってもらうわ。
――今から『人間』としての存在や感情を消させてもらうから。
そして、下界の人間達からは貴方の『存在が消去』されるの。」
キイイイイイイン
ひどい耳鳴りがする。
その瞬間、走馬灯のように今までの記憶や感触が身体中に流れ込んでくる。
小さい頃、両親と一緒に行った家族旅行。
初めてクロノスの庭園でアイリーンに一目惚れした日。
彼女が笑った日。泣いた日。
彼女が目の前で剣を胸に刺して血だらけになって亡くなった日。
初めてキスをした日。
11年ぶりに彼女と再会した日。
2回目で初めて、想いが通じ合った日。
…そしてアステリアで初めて彼女と結ばれた日。
「っアイリーン!!アイリーン!
嫌だっ、嫌だ!!!!
アイリーン!!」
――その瞬間、僕の身体が粒子となって崩れていく。
「――ああ、始まったわね。」
すると、僕の中の彼女の魂がドクンと鼓動した。
頭の中に彼女の映像が流れ込んでくる。
『サイラスっ、サイラス!!』
アイリーンは頭を抱え込んで苦しそうに涙を流していた。
「アイリーンっ!!」
僕が叫ぶと、ルキア様が目を丸くした。
「…まあ、貴方、あの子と魂の契約まで結んでいたのね。気付かなかったわ。
――人間と『観測者』はもう魂を共有し合うことが出来ない。
だから彼女の中でもきっと貴方に関する『記憶改変』の変化が…。」
彼女がそう言ったと同時にアイリーンの感情が鮮烈に流れ込んでくる。
『…嫌だ。
サイラスの事を忘れてしまうなんて…。
――元々いなかったことにされるなんて。
サイラスがいない世界なんて絶対に嫌!!』
――その瞬間、彼女が自分の胸をあの日と同じように短剣で突き刺した。
隣にいたノエルがギョッとした顔をして、止めようとしたがあまりに突然の出来事で間に合わなかったようだ。
「アイリーン!!」
――僕が叫んだ瞬間、『時戻しの魔法』が発動される。
11年前に見たのと全く同じ金色の神秘的な光が渦巻き、世界が巻き戻り始めた。
「っ、なっ、人が“理”を動かすなど――」
ルキア様が警告をしてきたが、戻り始めた時間はもう、彼女ですら止められないようだ。
「――っ!!」
そして、世界は眩しい光に包まれる。
最後に見えたのは何かを諦めたかのように溜息を吐くルキア様の姿だった。
◇◇
――そして、目を開けると時間が30分ほど前に巻き戻っていた。
「…これで、みんなで星の祝福を受けることが出来るな。」
全員が媒介石を受け取り、カミル王子の言葉にアイリーンと僕以外の全員が歓声を上げる。
「やったーーーーー!」
恐る恐る僕が彼女のことを覗き込むと、アイリーンは泣いていた。
「っ、サイラス、っう、ふっ、っ、」
ぎゅっと彼女のことを抱きしめる。
「――ごめん。っ、本当にごめん。」
すると、アイリーンは涙声で僕にこう言った。
「っ、許さないから、今更、こんなに私のことを好きにさせておいていなくなるなんて。
絶対に絶対に、許さないから。」
「っ、うん。うん。」
僕はポンポンと号泣する彼女の背中を優しく叩く。
すると、ノエルが神妙な顔をしてこちらの方を見てくる。
「あれー、お二人とも、どうしたんですか?
…媒介石を全部集めて、安心しちゃったんですかね?」
僕は思わず苦笑いをする。
「…さあ。
――でも、今みんなが知らないところでとんでもないことが起こったって言っても…信じる?」
すると、僕達は白い光に包まれた。
「――っ!!」
――気がつくと媒介石を手に入れた全員が天空の塔の一階に立っていた。
「――よくやった、みんな!」
ハロルド先生の明るい声が響く。
アイリーンはまだ僕の胸の中で泣き続けていた。
(――それでも、またアイリーンをこの腕の中に抱けるなんて夢のようだ。)
粒子のように身体が崩れていくのを思い出して、僕の背中がゾクリと冷たくなる。
「……?サイラス王子、何かあったのか?」
ハロルド先生が号泣するアイリーンを見て心配そうに眉尻を下げる。
「――いいえ。なんでもありません。」
僕がそう言うと、セリナ・バルネス以外の全員がホッとした顔をしている。
そして、セリナ・バルネスはただ一人呆然とした顔をしている。
「い、今の何…!?さ、サイラス様が一瞬人間じゃなくなったんだけど!!」
――どうやら叡智のネックレスの影響で記憶が残っているらしい。
すると、何人かのクラスメイトが訝しげな顔で彼女のことを見る。
「また何か変なこと言ってるよ。」
「もうやだ、あの子に関わりたくない。」
「行こう行こう。」
全員がハロルド先生に従って、馬車に乗り込んでいく。
「先生ー!僕達は転移魔法で帰ります。
ちょっとアイリーンの事が心配なので、先に帰っていて貰っていいですか?」
僕の言葉にハロルド先生が頷く。
「わかった。
――おい。みんな!!帰るぞ!!」
皆がいなくなった後、アイリーンの胸元のネックレスが一瞬だけチラリと光った。
まるで『これでいい』と告げるように。
二人きりになった迷宮で、僕はそっと彼女の頬に伝う涙に指を這わせた。
「…ごめん。僕が君を守るつもりだったのに。
結局君に守って貰っちゃったね。
――命を助けてくれて、本当にありがとう。」
僕の言葉に彼女は顔を上げて、ようやく泣きながら笑ってくれた。
「――っ、当たり前じゃん!
私はサイラス程強くもないし、転移もできないし、守って貰ってばっかりだったけど。
でも何かあったら、私が出来る事はなんでもして、サイラスの事を守るから!」
その言葉にどうしようもないほど胸が締め付けられる。
「うんっ、」
すると、彼女の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「だから!!
――もう絶対にどこにも行かないでね。」
僕達はしばらく見つめあっていた。
そして、どちらからともなく口付けをした。
なんとなく涙の味でしょっぱくて、二人で笑ってしまった。
――こうして、長かった遺跡の攻略がなんとか終わり、遂に『星の祝福』を受けるのみとなったのだった。
あと数話で完結です。七日までに完結させたいとか書いといて申し訳ありません…。頑張ります!




