【39】叡智のカケラ。
「…『抜け穴』ってどんなものなんですか?」
私が恐る恐る尋ねると、ルキア様はニッコリと笑った。
「うん。まあ、一言で言うと『ヒロイン』をね、『クビ』にする為の仕組みがあるのよ。今、7割くらい進行中だから、もう少しかな。」
その笑顔に何故か少し背筋がゾクッとした。
「く、クビ?!」
私が目を見張るとルキア様が頷く。
「そうそう!!『違反』行為が蓄積されるとね、そういうこともあるわけ。」
「…もし、クビになった場合はどうなるんですか?」
私の言葉にルキア様が苦笑する。
「別にぃ。ただ、普通の人間に戻るだけよ。」
「そうなんですね…。あの、セリナ・バルネスさんが今日この遺跡に潜る時、何故か他の生徒達が緊張して入っていったのに、一人だけやけにニコニコしていたんですが。」
私の言葉にルキア様は『うーん』と考え込むそぶりをする。
「…恐らく、『叡智のカケラ』を手に入れたんだと思うわ。」
「…叡智のカケラ?」
思わず目を見開いた私に彼女は笑顔で答える。
「まあ、システムから出た『バグ』みたいなものよ。
あの子、もう殆どヒロインとして力を失っているから叡智のネックレスを使おうとしても『ゲームの攻略』や『運命』的な助言はしてもらえなくなっていたはずなの。
それで大分焦っていたみたいね。
でも『カケラ』の場合ネックレスと違って、『ヒロインが違反』したっていう情報がインプットされないからあの子が知りたい情報を教えてくれたんだと思うの。
ま、バグだからさ。使いすぎると魂が削れちゃうんだけどねー。そうなっちゃうともうこの世界に居られないかな。
とりあえず力がまた戻ったって勘違いでもしてるんじゃないかしら。」
そう言って彼女は苦笑いした。
「…そうだったんですね。
ちなみに、彼女はどんな事をネックレスに尋ねてたんですか?」
「うーん。主に世界を変える言葉についてかな。
貴女、ダンジョンの中の部屋であの子が言った『セリフ』によって、攻略対象の子達の目の色が変わるのを見たでしょ。
あれが『世界を変える言葉』ってわけ。
あとは、まあ恋の妙薬でトドメを差してた感じかな。
マジックショップが摘発されちゃったのもまあ、結局あの子が『ヒロイン』じゃなくなってきてるからなんだよねー。
――さて、もうすぐ時間かな。あと一つくらいなら質問してもいいわよん。」
カラカラ笑いながら彼女は紅茶を飲み干した。
「…ありがとうございます。
あの、『星の祝福』って本来ならヒロインに何が与えられるはずなんですか?」
その言葉にルキア様はニッコリと笑った。
「あー、ゲームではね?どの攻略対象とのエンディングになるかわかるイベントなのよ。
所謂好感度が誰が一番高いかわかるってやつね。
そしてついでに『星渡りの祝福』っていうギフトが与えられる感じかな。
ま、ゲームじゃそこまで使う機会ないんだけどさ。
迷える魂を救えるようになったり、昔死んじゃった人とコンタクトを取って、知識を授けてもらえたりする、まぁそんなとこかな。」
「『星渡りの祝福』…。」
私が考え込んでいるとルキア様が時計を見てギョッとしている。
「あ、やっばーい。今日会議があるんだった!ごめんっ!じゃあ今日はこの辺で!
これお土産の媒介石ね。
それじゃ、またねんー。」
そう言って彼女から石を手渡された瞬間、パアアアッと白い光に包み込まれた。
「っ、アイリーン!!アイリーン!!」
――気がつくと、私は『叡智の迷宮』の出口でぼんやりと座り込んでいたようだ。
サイラスが心配したように私のこと覗き込んでいる。
「…大丈夫。心配かけてごめんね。
あ!!それより、みんなも無事出てこれたの?!」
私の言葉にサイラスが笑顔で頷く。
「うん。なんとかみんなクリアしたみたいだよ?
ギルベルトは2回弾かれたみたいだけどね。」
その言葉に私はホッと息を吐く。
「そっか、よかった。ちなみに、サイラスは叡智の迷宮でどんな事を聞かれたの?」
「んー、僕の場合は石像が出てきて、『世界で一番愛する者』の存在について問われた感じかな。
まあ、アイリーンの事を延々と喋ったらいつの間にか媒介石握ってここに立ってた。」
恥ずかしげもなくそんな事を言う彼に思わずジワジワと顔が赤くなった。
「そ、そうなんだ。」
――そんな会話をしていた時だった。
「サイラス様ー!!」
そう言ってセリナが後ろから走ってきた。
(うわっ!学園祭で散々拒否されたのにまた来た。)
「あのっ!!
『サイラス様の髪と瞳の色の髪飾りに守ってもらえるなんて素敵ですね』!!」
(…?!何言ってるの、この子、いきなり。)
そう思って思わず訝しげな顔をすると。
「――っ、くっ。頭が痛いっ、」
そう言ってサイラスが突然頭を抑えて苦しみ出した。
(――まさか。)
私はルキア様に先程言われた『ヒロインの能力』を思い出して戦慄した。
(どうしようっ、どうしよう、
きっと今のが『世界を変える言葉』だ。)
思わず叡智のネックレスをぎゅっと握り締める。
すると、ネックレスが光った。
『大丈夫よ。だって、髪飾りを持っているのは貴女でしょ?』
頭の中にそう響いて私はハッとする。
「サイラスっ!髪飾りはっ!いつも『私』が付けてるよ!!」
――私がそう言った瞬間。
彼が目を見開いて私を見た。
「――そうだ。僕がアイリーン以外にあの髪飾りをプレゼントするなんてありえない。
それなのに。
――一瞬記憶が捏造されそうになった。まるで、僕がセリナ・バルネスに髪飾りをあげたかのように。」
その言葉に背筋に嫌な汗が伝った。
「えー、本当は私に髪飾りをくれましたよね?」
そう言ってセリナがニコニコとサイラスを見る。
(――この子っ!!また嘘をついてる。)
私がキッとセリナを睨もうとした時だった。
「おーい!みんなー、帰るぞー!!!」
ハロルド先生が皆を招集した。
「…ふんっ。先生、嫌なタイミングで声をかけてきたわね。
ま、そのうちサイラス様は私のモノになるからっ。」
そう言ってセリナは行ってしまった。
「アイリーンっ!アイリーン!!」
――サイラスは帰りの馬車でも私の手をぎゅっと握りしめてずっと離さなかった。
(7割、セリナの力は失われているって言ってた。
…逆に、あと3割は力が残ってるって事だ。)
私は改めて『ヒロイン』の力の強さに戦慄するのだった。
◇◇
その日の夜、私はサイラスと寮の部屋で話していた。
「なるほどね。『叡智のカケラ』か。
そんなものがあるんだね。
僕の方でも調べてみるよ。それにしても色んなものが出てくるものだね…。」
そう言ってサイラスは溜息を吐いた。
「それよりサイラス。
さっき記憶が捏造されそうになったって言ってたよね?あれってどんな感じだったの?」
私の言葉にサイラスは眉を下げる。
「まるで、頭の中に誰かに指を入れられて、羽ペンで情報を書き換えられているような感じだった。
髪飾りを何故かセリナ・バルネスにプレゼントしたことあるような錯覚をしそうになったんだよ…。
――あれは正直恐ろしかった。」
(…サイラスでも怖いと思う事なんてあるんだ。)
「――っ、あの、ね?私との思い出も忘れちゃいそうだったの?」
私が意を決して尋ねると、サイラスは首を振る。
「それは、ない。
――もし、頭が君の事を忘れてしまったとしても。僕の心は絶対君の事を覚えてる。」
言いながらサイラスがトントンっと胸を叩いた時、なんだか泣きそうなってしまった。
「――ねえ。今日はサイラスとくっついて眠りたい。」
私の言葉にサイラスは頰を緩ませる。
「ああ。――丁度僕もそう思っていた所だ。」
――私達は離れない。
例え、『世界を変える言葉』であったとしても、絶対に絶対にこの気持ちだけは奪われてたまるもんか。
私はそんなことを思いながら瞼をそっと閉じるのだった。




