【3】赤ジャージ、王城に立つ。
(し、しまったー!!!何も考えずジャージで来ちゃったんだけど!!!)
王城の大広間。シャンデリア、絨毯、ドレスや軍服の人々。
煌びやかな格好をしているお城の人達の中、赤い高校ジャージに高校指定バッグを肩に掛けている私と、しまむらで980円だったTシャツを着て歩くお母さん…。
その横でサイラスは『そんなこと大した事ではない』とでも言うようにニコニコと笑いながら赤ジャージの私をエスコートしている。
王城の人達はお母さんを見るなり、目を見開いて大騒ぎだ。
「た、大変だっ!王妃様がお戻りになられたぞっ!」
「国王様にお伝えしなければ!!」
「…あれは…異国の装束…?」
「あれはアステリア王国のサイラス様だ。
…と言うことはエスコートしている女性はアイリーン様か?!なんてお美しい…。」
ちなみに私の容姿を褒められても他人事のように感じてしまう。…あまりに長い年月コケシ顔に慣れ親しみ過ぎて、まるで現実味がなかったのだ。
(ほ、本当にお母さん、王妃様なんだ。)
いつもスーパーで半額シールを貼っているおじさんに、果敢にも『これもお願いしまーす。』と言いながら20パーセントオフの商品を持っていき半額チャレンジしている母が王妃…。
――今更ながらびっくりである。
母とサイラスに促され、謁見室に入る。
壁際には使用人だと思われる人達が何人か控えていた。
しばらくすると、豪華な衣装を着た金髪に紫の瞳のイケオジと、『少し年下かな?』くらいの年齢の金髪の美青年が慌てて入ってきた。
「母上っ!姉上っ!!」
そう言って涙ぐむ美青年を母が抱き寄せる。
「よしよし、苦労かけちゃったわね。ディーン。不在の間クロノスを支えてくれてありがとう。」
――どうやら弟はディーンという名前らしい。
「そんなっ!僕は『一度目』と合わせると、もう27年生きていますから。」
(…昨日から皆が言ってる『一度目』って何のことだろう。)
後ろで私がキョトンとしていると、父親だと思われる国王陛下が感動したように震えている。
「…ああ、アイリーン。こんなに美しくなって…。もっと近くで顔を見せておくれ。」
(うーん、この顔、『自分の顔』感がないんですけどね。)
「お、お久しぶり?です…。」
どうして良いかわからずヘラヘラしている私の背中をサイラスがまるで安心させるようにポンポンしてくれた。
「――それにしても姉上。久しぶりの再会だと言うのに随分反応が薄いんですね?
それに、その格好は一体…。」
弟に赤ジャージのことをツッコまれてしまった。
「でぃ、ディーンくん?
その…ひ、久しぶり。
え、えーっとこれは…。異世界の正装でぇーっす。」
(本当は初対面だけどねっ!!)
言いながら精一杯笑っていると、『本当ですか?』とジト目で見られてしまった。
「…ディーン。それに、ティモシウス。
実はアイリーンは6歳の時に異世界に転移した時に、幼い身体が耐えきれなかったのかこちらの世界の記憶が消えてしまったのよ…。
ちなみにその服は”ジャージ”と言って異世界で運動する時に着る服よ。」
そう言って母が眉を下げると、二人が目を見開く。
「な、なんと言うことだ!では父である私のことも忘れてしまったのか!」
「…どおりで、様子がおかしいと思いました…。」
ショックを受けている二人になんだか申し訳なくなってくる。
「あ、あの…」
「――まあでも、『あんな事』忘れてしまった方が幸せだったかもしれないですね。
その、今の姉上の方が『一度目』よりなんだか明るそうに見えますし。」
何か言おうとする私を遮るようにディーン君はそう言った。
(…『あんな事』って何?)
私が戸惑っていると、ティモシウス陛下が私をぎゅっと抱きしめる。
「無理に思い出す必要などない。
アイリーンが元気に笑っていてくれたら私はそれだけで嬉しいんだ。
とりあえず、サイラス王子。娘と妻を連れ戻してくれて、本当にありがとう。
…3人とも疲れただろう?湯浴みをして着替えた後、皆で昼食を取ろう。」
母とサイラスが頷くと私はあっという間にそばに控えていた次女達に連れ去られてしまった。
そして、湯浴みをさせられ、髪を結われて。
瞬く間に豪華なドレスを着せられてしまった。
――蒼と紫のシフォン生地に銀色の刺繍がある美しいものだ。
鏡の中にはまだ馴染みのない美人な自分が驚いた顔で目を見開いている。
(私じゃ無いみたい…とかじゃなくて、コケシ顔とのギャップが凄すぎて、現実味がない…。)
「アイリーン様!素敵ですっ。髪飾りはどうなさいますか?」
そう言われて、はたと気づく。
(そうだ!今の私なら…。)
「すみません、それならこの髪飾りを付けて頂いていいですか?その…お気に入りなんです。」
そう言って、毎朝挨拶をしていたサイラスに貰ったという髪飾りを渡す。
「まあ!素敵ですわ!ドレスとも相性バッチリですね。」
(――別人すぎるのが微妙だけど、髪飾りが似合うって言ってもらえるのは嬉しい。)
「…ありがとうございます。」
私は自然と顔を綻ばせるのだった。
◇◇
食事の席に着くと、美しいお料理の数々に圧倒されてしまう。
(うわっ!雑誌に載ってる高級フレンチ特集のお料理みたいっ。)
なお、いつもの花田家の食卓は母が働いていたのでスーパーの半額惣菜に冷凍ご飯とお味噌汁、そして納豆が定番だった。
「アイリーン…。髪飾り、付けてくれたんだね。凄く似合ってる。」
私を見て、サイラスが嬉しそうに顔を綻ばせる。
その顔が、夢に出てくる色素の薄い男の子と重なって、不覚にもドキドキしてしまう。
(あー…昨日まで山口君が通ると『パンダ!』って唱えてたのに、なんて現金な心臓なのっ!
鎮まれっ!私の心臓っ!!
――でも言われてみれば、あの男の子、確かにこんな顔だったかも。)
そんな事を考え出すとサイラスの顔が直視出来なくなってきてしまう。
「さあ、前菜が揃ったからみんなで乾杯しよう。
では、アイリーンの前途が喜ばしくなる事を願って!」
父の言葉に皆がグラスを掲げる。
(え、前菜?!これって、全部のメニューじゃないの?!)
恐る恐るナイフとフォークを手に取って、食べ始める。
(…あれ?なぜか手が自然に動くかも…。)
ほとんど使ったことのないカトラリーをスッと使いこなせる自分に驚いてしまう。
ちなみに外食は牛丼チェーンやファミレスやファストフードが多く、こんな豪華なお料理食べた事などないはずなのだが。
「あら、アイリーン。綺麗な食べ方じゃない。やっぱり身体は覚えてるのね。」
母が嬉しそうに微笑む。
「さすがアイリーンだ。
――まあ忘れてたとしても、僕が手取り足取り教えてあげるつもりだったけどね。
あ、唇にソースついてる。」
そう言って隣に座っているサイラスが微笑みながら私の唇に付いたソースを拭ってきた。
「な、何してんの、」
私は思わず顔が赤くなってしまう、
「恥ずかしがっちゃって。可愛いな。」
サイラスが蕩けそうな目でそんな事を言い出したのでますます顔が熱を持つ。
(な、何なのこの人…。)
もう私のHPは1くらいだ。
すると、弟のディーンが生温かい顔で見てくる。
「…姉上、サイラス様。微笑ましくはありますが、僕達もいるので二人の時にイチャついて下さいね。」
(は、恥ずかしい…。)
私は穴があったら入りたい気分になったが、サイラスはどこ吹く風である。
その後も美味しい料理が次々と運ばれて来て、みんなで舌鼓を打つ。
「…ローストビーフもデザートのムースも!めちゃくちゃ美味しいです。」
私があまりの美味しさに興奮して言うと、父が微笑む。
「…アイリーンがここに住んでいた時の好物ばかり出しているからね。」
そう言われて私は固まる。
(…あ。そうだよね。実の娘が自分の事を全く覚えていないだなんて、悲しいだろうな。)
なんだか申し訳なくて居た堪れなくなる。
「…忘れてしまって、申し訳ありません。」
私が謝ると、父が慌てたように言う。
「いいんだ!アイリーンのせいじゃないんだから!それに君が元気な方がいいからな。ほら、もっと食べなさい。」
そう言われて私は『はい…、』と返事をすると、美味しいお料理を出来るだけ残さずお腹の中に詰め込んだのだった。




