【2】王子の溺愛と重すぎる独占欲
「サイラスさんはどうして私があそこにいるってわかったんですか?」
母が入れてくれたほうじ茶を飲んで少し落ち着いた私は、サイラスさんに尋ねる。
「サイラスって呼び捨てで呼んで?
あと、婚約者なんだし敬語もいらないから。
婚約した時『魂の契り』を交わしたからね。
強い魔法契約である分、相手の居場所もわかるんだ。
ちなみに、エリカ様には向こうの世界にいた時、魔道具を渡してあったからその信号を頼りにここに来た感じかな。…うん、このお茶なかなか美味しいね。」
そう言ってサイラスさん…もといサイラスはニッコリと笑った。
キラキラ銀髪王子と制服を着た私、それに一着980円で買った激安Tシャツを着た美女になった母。
現在その3人で、ボロアパートの床に座布団を敷いてプラスチックのチープな折りたたみテーブルを囲んでほうじ茶を飲んでいる。
(いやいやいや!こんなボロアパートに王子が来るのおかしいでしょ!)
――なかなかシュールな構図である。
「とりあえず、今日はもう遅いから寝ましょう。元の世界に帰るのは明日荷造りが終わってからにしましょうか。
サイラス。こんなところで悪いけど泊まっていって。」
あまりの母の切り替えの速さに私はズッコケる。
「ちょっ!!ちょっと待ってお母さん!明日私古文の小テストなんだけど!!異世界とか聞いてない!」
失恋直後だと言うのに蕎麦屋のバイト中に頭の中で『フラれたりかちゃん、サ未四已(寂しい)よ。』とループ再生していた私の努力を無駄にする気だろうか。
すると母が真剣な顔で私を見つめた。
「ねえ、藍梨。貴女はアイリーン・クロノスなのよ。記憶を失ったからと言って、その責任を全て投げ捨てることは出来ないわ。
それにね。貴女の本当のお父さんも異世界にいるの。クロノス王国の国王なのよ。それに、弟だっている。」
そう言われて私は目をパチクリさせる。
「お、お父さんが王様?!お、弟もいるの?!初耳なんですけど!!」
(今更会ってもどんな風に接したらいいかわかんないよっ。というか情報量が多すぎてパニックだよ…。)
黙り込んだ私をサイラスは気遣わしげに見る。
「…ねえ、どうして姿形を変えて、異世界まで来なくちゃいけなかったの?」
「――貴女を『ある人達』から守る為よ。
それに母一人娘一人で、この姿のまま日本に来たら目立ちすぎるでしょ?
サイラスが迎えに来たのは…ある程度脅威が取り去られたからよ。まあ詳しいことは改めて説明するから。
――とりあえず、もうお風呂に入って寝なさい。」
そう言われて渋々お風呂に入って、『花田』と刺繍された赤い高校ジャージを着る。
このダサさがなんとなく落ち着くのだ。
――鏡を見ると、見慣れない自分がいる。
(あーあ…、こんなに可愛かったら人気者になれたかもしれなかったのに。でも、見た目だけで寄ってくるような友達も微妙か。
だから、あのコケシ顔で幸せだったのかもしれないな。
それに6歳までの記憶がないのも、確かに不思議だと思ってはいたんだよね…。)
そんな事を思いながらしんみりする。
「……お母さんのあんなに真剣な顔、初めて見た…。」
(まあそもそも、あの姿を見たことも初めてだったけどね。)
髪を乾かして、居間に出るとサイラスさんに母が私の7歳以降のアルバムを見せていた。
「…可愛いなぁ。天使のようだ。」
そう言ってサイラスはうっとりとしている、
私は思わずツッコミを入れる。
「いやー…、どう見てもコケシだと思うんだけど…」
すると、彼は私に気づいたあと、驚いたように目を見開いたあとジワジワと顔を赤くする。
「お風呂上がりの君も、可愛いね…。」
「え、あの、高校ジャージだよ…?」
彼は戸惑う私の顔をジッと見てくる、
「僕にとっては君が君であればどんな姿でも可愛くて仕方ないけどね。」
「…なっ!!」
不覚にも赤面してしまう。
(こ、こんな歯の浮くようなセリフ!真顔で言っても決まるだなんて、王子凄いっ!)
すると突然母がこんな事を言い出した。
「あ、ところで、サイラス今日どこで寝る?王子をソファで寝かす訳にもいかないし。藍梨、悪いけどあんたのベッドでいい?」
「…は?じゃあ私はどこで寝るの?」
私がそう言うと、母がケラケラと笑う。
「婚約者なんだから一緒に寝なさいよー。」
すると、サイラスがふわっと後ろから抱きしめてくる。
「…ダメかな、藍梨。今日は何もしないから。」
耳元で低い声で言われて思わずゾワゾワする。
「…ひぇ、」
(今日はって何?!)
「本人もそう言ってるんだし!いいじゃない、積もる話もあるだろうし!!」
――結局母に押し切られて、私は彼と同じベッドで眠ることになってしまった…。
(…ひいいい!男の人が隣にいる!!)
赤ジャージでガチガチに固まっている私にお構いなく、サイラスは笑いかけてくる。
「…ここで毎日アイリーンが過ごしてこの天井を見ていたんだね。隣にいられるだなんて…なんだか夢のようだ。」
(…ボロアパートの雨漏りの跡のある天井ですけどね…。)
そして、彼はさらに机の上の髪飾りに目を向けると甘い笑みを浮かべた。
「…大事に持っててくれて、いつも挨拶までしてくれて。本当に嬉しいよ。」
(へ?なんでこの人がそんな事知ってんの?)
そんなことを思いながらゴソゴソ動くと枕がズレた。
パサッ…
「――っ?!」
見ると、修学旅行で隠し撮りした山口君の写真が落ちている…。
(ひ、ひええええ!!は、恥ずかしいっ、恥ずか死ぬっ!!)
私がパニックになっているとサイラスが写真を拾い上げて低い声で呟いた。
「……この男は?」
――よく見ると目が座っている。
「ちっ…違うの!ちょっと前まで好きだっただけで!!その、この髪飾りをくれた子に似てたから!!」
(正確には数時間前までだけどっ!!)
「ふぅーん。そうなんだ。
…でも、“ちょっと前”でも、君の心にいたのは確かだろう…。」
――次の瞬間。
ボッ!!
音がしたかと思ったら山口君の写真が一瞬で燃えたかと思うと跡形もなく消えていた…。
「…は?」
私は思わず目を見開く。
「これからは僕のことだけを見ていてね?」
そう言ってサイラスはニッコリと笑った。
(いやいやいや!こわっ!重っ!
…でも悔しいけどイケメンっ!!)
「――好きだよ。『一度目』の時から。
ちなみにこの髪飾りをあげたのは僕だよ?」
そう言って、彼は私をギュッと抱きしめてきた。
(ち、近っ!!!
というかなんで?!なんでこの人、こんなに私のこと好きなの?!『一度目』って何…?
ていうか、この髪飾り、サイラスがくれたの?)
私は混乱する頭で色んな意味でドキドキしながら眠れぬ夜を過ごすのだった。
◇◇
――次の日。
私達の荷物を部屋の中央にドサっと置くと、サイラスが真ん中に緑色の石のはまったブローチをかざす。
パアアア!
すると、不思議なことにブローチから出た光が全ての荷物を吸い込んで行く。
(あー、、なんか、昨日から色々あり過ぎて理解がついて行かないよ…。)
「…よし!それじゃ行こうか。」
そう言ってサイラスが笑う。
「ええ、そうね。藍梨、大丈夫?」
お母さんにそう言われて私は思わず服を掴む。
「あの…っ!私とお母さんが急にいなくなったら、ニュースになったりしないかな?!
そ、蕎麦屋のバイトとか、高校の同じグループの子とか…、心配しないかなって…。」
親友と呼べる程の子はいなかったものの、急に姿を消して大丈夫なのか急に不安になってきてしまった。
「あ、大丈夫大丈夫っ!誰も私達のこと思い出せなくなるから!!」
母にそう言われて私は目を見開く。
「…そうなんだ。」
――貧乏だったとはいえ、11年間日本で過ごした私にとっては、それはホッとすることでもあり、凄く寂しいことでもあった。
(山口君も、私の事を忘れちゃうんだな…。)
すると、サイラスがギュッと私の手を握ってくる。
「…君が寂しくなったりしないように全力で君の事を大事にするし、守るって約束する。
…それじゃ、行くよ。」
――彼がそう言った瞬間。
私は目が眩むような真っ白い光に包まれていた。
「――っ?!」
…気がつくと、私達3人の目の前には美しい庭園があり、その周りは白亜の城壁が取り囲んでいる。
「ここは…どこかのお城…?!」
私が目を見開くと母が顔を綻ばせる。
「――ようやく戻ってこれたわね。
…さすがサイラス。コントロールバッチリだわ。
藍梨。いえ、アイリーン。ここが貴女の故郷のクロノス王国よ。」




