【1】白ネコ宅配車から現れた異世界王子
「――見つけた。僕の姫君。」
白ネコ宅配車の荷台に、突然ブラックホールのような光の渦が出来て彼は現れた。
私は王子様っぽい格好をした見知らぬイケメンに心の中でツッコミを入れる。
(…ちょっと待って。何この状況?)
銀髪に青い目。そして、この上なく整った顔。
とりあえず日本人でないことは間違いないだろう。
彼はしゅたっと格好良く荷台から舞い降りると、私の手の甲に口付けをしてきた。
「っ、?!」
私が思わず目を見開くと、蕩けそうな笑みで私だけを見つめてくる。
「――君に、ずっと会いたくて仕方なかった。」
(いやいや、今皿洗いのバイト帰りだから手、ガサガサなんですけど!!)
何故こんなことになったかと言うと、話は数時間前に遡る。
◇◇
シングルマザーの母とボロアパートに暮らす私の名前は花田藍梨。高校二年生である。
「行ってきます。」
私は机の上に置いてある髪飾りに呟く。
――銀細工の繊細で美しい意匠で、所々青い石で彩られている。
これは、幼い頃に初恋の男の子がくれたものだ。
6歳までの記憶を事故で失ってしまった私が覚えている唯一の出来事である。
色素の薄い綺麗な顔の男の子。
たまに夢に出てきて私にニッコリと笑いかけてくれる。
(これ、派手だから学校にはつけていけないしなぁ。
…まあ、そもそも地味顔の私がこんなの付けて行ったら、クラスの子にヒソヒソ言われそうだし。)
――ちなみに私は今、同じクラスでサッカー部の山口君に片想いをしている。
山口君は、カースト下位グループに所属する私にも満遍なく優しくしてくれる、色素の薄い感じの好青年なのである。
結局『髪飾りの男の子』が私の異性の好みのど真ん中になってしまったようだ。
とは言え、地味顔の私がリア充の山口君に気軽に話しかけるなど出来ない。
なので、私はせめて恋に効くという『おまじない』を密かに片っ端から試している。
ホームルームが終わりロッカーから荷物を出して体育館に行こうと廊下に出ると、丁度いいタイミングで山口君が向こうから歩いてきた。
(やったー!今日はツイてる!)
私はすかさず目をギュッと瞑り、心の中で唱える。
(パンダ!パンダ!パンダ!)
――何故パンダなのかは知らないが、こう唱えると恋が叶うらしい。
消しゴムのカバーの下には、もちろん山口くんの名前を書いているし、毎日枕の下に修学旅行で隠し撮りした山口君の写真を入れて眠っている。
(へへへっ!届けっ!私の想いっ!!)
すれ違えただけで嬉しくなった私は、思わずスキップしたくなる。
――ところがその直後だった。
「グッチー!今日一緒に帰ろ?」
そう言いながらクラスのギャル、畑中マユミが山口君に後ろから抱きついてきた。
ついでにけしからんことに、彼の背中にグリグリとおっぱいを当てている。
(…は?)
私は驚いて思わず目を見開く。
「いーよ。あ、うち寄ってく?」
山口君がデレデレしながら答えている。
すると、同じクラスの女子達がヒソヒソと話しているのが聞こえた。
「なんか、山口とマユミ、学祭から付き合ってるらしいよ。」
「え、マジ?」
「もうエッチもしたらしい。」
「うっそ!!山口見かけに寄らず手ぇ早っ。」
まるでガーンと鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
(…そ、そんなぁああ!!!)
私はその場にがっくりと崩れ落ちそうになるのを懸命に堪える。
そして、なんとか1日をやり過ごし、バイト先の蕎麦屋に向かうのだった。
――バイト先でインテリアとして棚に飾ってあるコケシの目の前を通り、お蕎麦をお客さんに持って行った時だった。
「ぎゃっ!!」
何故かお客さんが驚いたような声を上げて、お箸をポロッと落とした。
「…どうされました?」
私が尋ねると、お客さんは苦笑いした。
「…ごめんごめん!一瞬君も同じ髪型だしデッカいコケシに見えててさ!いきなり動いたからビックリしたよっ!」
(は?!失礼だなっ!)
――結局その日は夜九時過ぎまで仕事をして、へとへとになってバイト先を出る。
(あー…これから数学の宿題もやらなきゃ。超だるい…。)
死んだ魚のような目で裏路地を通っていると、白ネコ宅配便のトラックが無人で駐車されていた。
(…!!これは!)
私はキョロキョロと周りを見回す。
人がいないことを確認するとこっそりと白ネコのロゴに手のひらで触れて願掛けする。
白ネコ宅配車のロゴを触りながら願い事をすると叶うというジンクスがあるのだ。
「山口くんに失恋したし、宿題もあるし、人生詰んでるし…。
お願いです。神様仏様白ネコ様…。
――どうか、いいことがありますように!」
次の瞬間――。
キイイイイイイン!!!
甲高い音がして、ガタガタと宅配車が振動する。
「なっ!!何?!」
私が驚いて声を上げると、宅配車の荷台から光が溢れ出したのだ。
――そして、冒頭に戻る。
ついさっき、お客さんにコケシに間違われた地味顔の私を口説いてくる銀髪イケメンに、私は怪しさしか感じなかった。
「いや、意味わかんないですっ!離れて下さいっ!!
お、お兄さんもしかしてホストとかですか?!
私、ど貧乏なんで!貢ぐとか無理ですっ!」
私は必死で彼から距離を取る。
すると、彼は悲しそうに眉を下げる。
「…アイリーン…。もしかしてまだ6歳だったし、『こちらの世界』に転移した衝撃で、僕の事も忘れちゃったのかな?」
(は?アイリーンって誰?『こちらの世界』って何?)
私は戸惑いつつも、このお兄さんは7割くらいの確率でヤバい人だと判断した。
(よし、逃げよう!)
そう思い、回れ右をすると。
「…待って!わかった!じゃあ特別に魔法を見せてあげるよ!『浮遊』!!」
慌てて彼は私を引き寄せると、お姫様抱っこをした。
「…ひぇっ?!」
――思わず声が漏れた瞬間。
…なんと、私は彼に抱えられながら空を飛んでいた。街の夜景がキラキラと光り輝いている。
「ギャアアアア!!!!」
私は恐怖でパニックになる。
(な、何これええええ!わ、私絶叫系無理なのにぃいいい!!)
「こらこらっ。暴れないの。大丈夫だから。
えーっと、エリカ様の信号は…、あった、こっちだ。」
そう言いながら彼は教えてもいないのに勝手に私の住んでいるボロアパートに飛んでいく。
…というか、何故この人は母の名前を知っているのだろうか。
コンコン。
バルコニーのガラス戸を彼が叩くと、さっき帰宅したのであろう母が、顔にエッセンシャルマスクのパックをしたまま目を見開く。
(…あれは私が修学旅行のお土産に買ったご当地マスクっ!!)
母がガラッとガラス戸を開けてくれたので、彼がニッコリと笑う。そして、私をそっと気遣いながらバルコニーに降ろしてくれた。
(はー…。怖かった。勘弁してよぅ…。)
そんな事を思っていると。
「サイラス。大きくなったわね。
貴方が来たという事は…ついにこの時が来たのね…。」
「はい。エリカ様」
母がマスクをしたまま真剣な顔をしていた。
「…え。
…はぁ?!お母さん、このお兄さんと本当に知り合いなの?!」
私が素っ頓狂な声を上げると、母が『ふぅーっ』と溜息を吐く。
「サイラス、ごめんなさいね。
もう気づいていると思うけど。この子、『あっちの世界』での記憶が転移した時に消えちゃったみたいなの。」
そう言われて私は目を見開く。
「ねえ、お母さんっ!このお兄さんも言ってたけど、『あっち』とか『こっち』の世界って何?!」
すると、お兄さんが答える。
「――サイラス•アステリアだ。」
「へ?」
彼が答えると思わなかったので、私は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「僕の名前だ。
僕と君はこの世界ではない『異世界』で6歳で婚約し、『魂の契り』を結んでいる。
僕はアステリア王国の第一王子。
――そして。
君はクロノス王国の第一王女、アイリーン•クロノス。…君の母親のエリカ様は、クロノス王国の王妃だ。」
(…は?)
私はサイラスさんの遅れてきた厨二病のような説明にあんぐりと口を開ける。
母の方を見ると、やっとマスクを取ってすっぴんで頷いている。
「いやいやいや!!いやいやいやいや!!!いやいやいやいやいやぁぁ!!!
こんなコケシ顔親子が異世界の王族のわけがないでしょ?!どっからどう見ても日本人じゃないですかっ!」
私が思わず叫ぶと。
「エリカ様。変幻の魔法を解いてもいいですか?」
なんと、サイラスさんがこんな事を言い出した。
母が頷くと、彼が母の方に手を掲げる。
――次の瞬間。
パアアアッ!!
見慣れた母の姿がどんどん変化して、まるで女優さんのような黒髪のスタイル抜群の美女になった。
「…え?!」
私は驚きのあまり、思わずカバンをドサっと落とす。
すると今度はサイラスさんが私の方に手を掲げた。
「っ、――!!」
身体中が熱くなり、どんどん自分の姿が変化しているのがわかる。
やがて、変化が止まり、恐る恐る目を開ける。
「ほら、見てごらん。
――これが君の本当の姿だ。」
サイラスさんにそう言われて、バルコニーのガラス戸に映った自分の姿を見ると。
…そこには艶やかな長い黒髪に、美しい紫色の瞳をしたハーフのような顔立ちの若い絶世の美女がいた。
「へ?!な、何これ…!夢?!」
…私が動揺して挙動不振になると、ガラス戸に映った美女も不安そうに目をキョロキョロとさせている、
すると、サイラスさんが恍惚とした表情で目を綻ばせる。
「ああ、アイリーン…、昔から可愛かったし先程の姿も可愛らしかったけれど。
成長した君は、なんて美しいんだ…。」
そう言いながら私をギュッと抱きしめてきた。
その後ろで母(姿形は全く別人だが)が、ニヤニヤとこちらを見ている…。
「う、嘘でしょおおおおおお!!!!」
――私の絶叫が夜の住宅街に響き渡ったのだった…。




