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寿命

作者: 雉白書屋

 彼は公園のベンチに座っていた。何時間も微動だにせず、ただ上を見上げ、空を眺めていた。その表情からは心に何を浮かべているのかを読み取ることはできない。その姿は、まるでたった一人で時の流れに置き去りにされた者のようだった。

 やがて、日が暮れかけた頃、彼はようやく視線を下ろした。声をかけられたからだ。


「どうも。隣、失礼しますよ」


「…………おぉ、君か」


「ははは、反応が鈍いですね。久しぶりに会ったというのに」


「……ははは、すまないね。年寄りなものだからねぇ」


「またまた、まだ現役でしょう?」


「……ははは。そう言ってくれるのは、君くらいなものだよ。同世代の友人はどんどん先立ってしまったなぁ」


「ああ、それはお気の毒に……。でもね、僕にとってあなたがその友人なんですよ。元気でいてくださらないと寂しいです」


「…………ふふっ、ありがとう」


「それで、今日は耳よりの話を持ってきたんですよ」


「……話?」


「手術ですよ、手術。受ければまだまだ長生きできるんですよ」


「……知っているよ」


「え? 何だ知っていたんですか。それならよかった。いつ受けられるんで――」


「……その手術は、非合法のものなんだろう?」


「ええ、まあ、ですが非合法といっても、この手術を受けている者はたくさんいますよ。僕もそうですけど、やはりみんな、この制度には納得していないですから……あの、聞いてますか?」


「……ああ、聞いているよ。でも……私は思うんだがね……やはりね、法律は……守らないと……」


「でも、その法律を一番守るべき立場にあるお偉いさんは、こっそりとやってるって話ですよ」


「……それでもだよ。それに……そんなのはごく一部の話さ……ほとんど受け入れていると思うよ……残された……自分の寿命を……大事にしてね……」


「そもそも、法律がおかしいんですよ。ただ黙って死ぬのを待つなんて。昔の人間はもう本当にダメになるまで何度だって直したそうじゃないですか」


「……大昔の話だよ。……私たちが生まれる前のね。今はもう……延命措置は認められないんだ」


「寿命が決まっているなんて、やっぱりおかしいですよ……。命を救う技術があるのに使わないなんて……」


「…………ふふっ」


「ん、なんですか?」


「……いやぁ、若い世代だなぁと思ってね……嬉しいんだ」


「嬉しい?」


「……価値観が違う世代が生まれてくるのが……だから……たぶん……きっと、そういうことなんじゃないかな……」


「僕にはよくわかりませんよ……」


「……世代交代は……悪いものじゃないってことさ……ああ……日が暮れてきたなぁ……」


「ですね……待っているんですか?」


「……ん?」


「いつも空を見上げているのは、彼らが帰ってくるのを待っているんですか?」


「…………いやぁ、星が見えないかなぁ……と思ってね……」


「ああ、星ですか……見えませんね……」


「………………だなぁ」


「あっ、待ってください。ほら、あそこ、光ってませんか?」


「…………ああ……そうだなぁ…………」


「ほら、絶対光ってますよ。星かな。それとも彼らかな。ね、ね……ああ……」


 男はベンチから立ち上がると、そっと彼の肩に手を置いた。


「どうして……どうして、人類はこんなのを定めたんだ」


 男は彼の体にある標準使用期間の刻印を撫でると、力なく手を下ろし、歩き始めた。

 空を見上げ、地球と自分たちロボットを置き去りにしていった人類の帰りの宇宙船を探すが、大気汚染によって光は一つも見えなかった。

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