インタールード 夜の会談
還魂破邪呪縛印によってシャーデンフロイデが封印されてから十四時間が経過――時間にして午前二時過ぎ。
闇夜に沈んだ鎮守の森には赤い鳥居がそこら中に立っていて、社につながる石段の両脇には数えきれないほどの赤い春日灯篭が連なっている。だがそこに灯りはなく、大地からそこに息づく樹木が生き生きと脈を打つように生い茂げ、神社の境内を風化させていた。
鬼灯稲荷神社にて。
丑の刻参りで呪われた神社だと噂されてから半世紀、参拝客の足はとうの昔に途絶え、氏子も居なくなった今、この神社に管理者はいない。代わりにこの場を牛耳っていたのは五人の死魔とそれを率いる死神ライツァリッヒ・レヴェナドックスであった。
「ライツァリッヒ……シャーデンフロイデが封印されちゃったね」
婚礼の祝詞のように甘い声が闇の神社に届く。黒い着物を羽織り、狐の仮面を被った女のような男は三人の美女を引き連れ、社にやってきた。
「だとよ、はーどうすんだ、わけわかんねえ奴のために動くのか?」
色欲の死魔――朧の報告に、社殿に腰を下ろしている上半身裸の屈強な男は空洞になった眼窩の代わりに勇ましい声で苛つきを露わにした。およそ人とは呼べないほどの頭部は獣とヒトの中間で、両腕は巨大な戦鼓のように膨れ、背中からは刃のように鋭い背骨が皮膚を食い破って無数に突き出していた。
闘争本能の死魔――ヴォルクス=アゴラに反して、どこにでもいそうな中学生の女の子は夜風に溶けるような黒糸の髪を揺らしながら死魔が寄越してきたメロンパンを美味しそうに食べていた。もちろん、食べることで夢中で話は聞いていない。
「ああ、動く。今後の方針に彼は必要不可欠だ。だけど僥倖、動くのは今じゃない。彼が閉じ込められた結界を解読するまではね」
「ならいいが、今後の方針とは何だ、夜月琉倭に干渉することは諦めるのか?」
「ああ、現状、彼の近くにヘレナ・シフォンティーヌがいる限り、チェルノボーグの復活は限りなく低い。だからアプローチを変える。そのために君たちにはあの屋敷に常駐している刀童美鈴をどうにか引き留めてほしいんだ。ミローク・フィナンシー、デッフル・ア・カラヴァッジョ……当時当主であった彼女の父を殺すことができた君たちならできるはずだろ?」
ライツァリッヒは夜の闇に語り掛けた。
「簡単に言ってくれる。その父の娘に敗北したのも私たちだ」
「だからこの通り、復活の機会を与えてあげたじゃないか。利害関係は一致していると思うが」
「ふん、いいだろう。幽閉の門から解放してもらった身、あの時のリベンジは私たちで果たすとしよう」
「ああ、助かるよ。じゃあ、その時が来るまでシャーデンフロイデにはもうしばしの間、奮闘してもらおうか」
山の中の奥に佇む赤い社は人の血で塗りたくられたかのように禍々しい。その社の前に聳え立つ大鳥居の上で死神の影は佇んでいた。その手には卵のようにひび割れたヒトの頭が握られていた。




