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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
六章 追憶のグランギニョール
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6―21 見解

 美鈴のアドバイスは破天荒に聞こえたが、もうすでにやったことがあることを言うと彼女は「ふはははっ」と笑って「いいんじゃない? むしゃくしゃしたり、ムラムラしたりして殺したくなったら、全部その情念を彼女にぶちまけちゃえばさ……、きっとシフォンティーヌも喜ぶよ。体験したことのないすごい感情を一身に受けるんだからさ」と言った。


「いや、喜ばねえだろ」

「そうかな、ひやひやする人生の方が楽しそうじゃない? 少なくとも一時の感情に呑まれて無関係の命を殺しちゃうくらいなら、殺そうにも殺せない奴に全部ぶつけてしまった方がいいじゃん。気楽に殺してみなよ、怒るかもだけど」


 美鈴はニュースの報道を眺めながら言う。テレビ画面に映る映像は午前中という時間もあってか、どのチャンネルも昨日起こった校内銃撃事件のニュースを取り扱っていた。ただニュースキャスターの口から説明される内容はどれも不明確で原因不明の爆発事故として処理されていて、おそらく世間の混乱を避けてか、情報統制がされているようだった。


 とはいえ、そんな曖昧な表現で世間が納得するわけがないと思うが、一人の少女が引き起こした爆破事件と言われても、それを信じる者もいないだろう。なにせ、霊能力という常人には理解し難い事象を説明すること自体、懐疑的だ。視るか、視えないかだけの違いだが、視えない人間が大半の中、常人が分かることは起こる過程ではなく起こった後の結果だけ。事実、なぜ校舎が爆破したのか、霊媒師を除いて説明できる者はほとんどいないだろう。


「夜月くん。今回鉢合わせた死魔は強かった?」

「シャーデンフロイデのことか」

「うん、そいつ」

「強いのか、強くないのかよく分からない相手ではあったけど、他者の感情を使役するだけで自身の戦闘能力はそこまで高くはないと思う」

「使役の条件は接触?」

「ああ、でも間接的に触れるのも駄目らしい。俺は生殖の死魔を通じて触れただけだが、奴の干渉を受けた。その干渉は触れた者から触れた者へ伝染病のように広がって、生殖の死魔はシャーデンフロイデに操られているようだった。……でも触れたからと言ってその直後に感情が暴走するわけでもなくて、今回の事件を起こしたクラスメイトはその前夜に奴と接触している」

「そう、他には何かある?」

「他には、そうだな……不可解なことと言えば、奴が一夜からの攻撃を受けた時に自身の指をへし折って、瞬時に怪我を治したことだ。だけど折った指だけは治っていなくて、次に一夜が攻撃を仕掛けた時、奴が呪文を口にすると一夜の指が消失する代わりに奴の指が完治したんだ」

「ふーん、呪文はなんて」

「確か……フォ・ア・グーー」

「フェ・ア・グライヒだ。高級食材の名前じゃない」


 ちょうど帰宅してきた一夜が呪文の名を口にしながら襖を開いた。


「あはは、夜月くんお腹空いてるの?」

「別にそんなんじゃない。うまく聞き取れなかっただけだ」


 徹夜明けだが、疲れた表情を一切見せずに一夜が炬燵に入ってくる。


「おかえり一夜。大変だったね」

「全くだ。官寺下の連中とはもう付き合いたくない」

「ふぅ、良かった、行かなくて」

「まさか美鈴、これを見越してか」

「違うよ違う。単純に面倒くさいことになりそうだなって思っただけ」

「思ってたんなら押し付けるなよ」

「ごめんごめん。でもそんなもんだよ。自分には甘く他人には厳しくってね。それよりフェ・ア・グライヒのグライヒってドイツ語で平等って意味だよね」


 如実に話を逸らす美鈴に、一夜は、はあ、とため息をつきながら炬燵にあったみかんを手に取った。


「ああ。奴は平等本能の死魔で間違いないだろう」

「ふーん、そう。それでそいつはどうなったの?」

還魂破邪呪縛印かんこんじゃきじゅばくいん。建物ごと結界内に落とし込んでから半日以上経つが、依然として沈黙したままだ。動きがあるとすれば今夜だろうが、官寺下の連中はそれまでにケリをつけたいみたいだ」

「別に日中に祓わなくても今夜を待てばよくない? 官寺下にもいるでしょ? 夜間最強の霊媒師が。その子に頼んで、いっそのことシャーデンフロイデを餌に助けにきた奴もまとめて祓っちゃえばいいじゃん。助けにくるかは知らないけど」

「ああ、初めはその方針で決まっていた。だが当の本人がいやだと断ったんだ」

「えーなにそれ、『うん』か『はい』しか選択肢がないのが官寺下の霊媒師でしょうに。断る理由は何なの?」

「理由というよりは条件を提示してきてだな」

「……なんか嫌な予感がするんだけど」

「お察しの通り、八尋星奈やひろせいなはお前に会うことを条件にシャーデンフロイデを祓うことを公言している」


 一夜が女の名を口にした瞬間、美鈴はあからさまに嫌な顔をした。


「だったら私が祓いに行く。なんでわざわざ私があの子に会わなきゃいけないの、面倒くさい。そもそも、還魂破邪呪縛印かんこんじゃきじゅばくいんで結界内に閉じ込めたんでしょ?」

「だが現状、奴の霊気は消えていない」

「消えてなくても弱体化はしてる……私が出る幕じゃない」

「分かった。先方にはそう伝えておこう」

「よろしくー」


 ふぅと一息つくかのように美鈴は畳に寝そべり、一夜はみかんの皮を剥く。


「美鈴にも苦手な奴とかいるんだな。そんなに会いたくない相手なのか」

「うん、会いたくないねー。厄介オタクみたいなもんだし、勧誘がうざいのなんの」


 うんざりしながら言うと「あ、そうだ」と思い出したかのように上体を起こした美鈴は、平然とみかんを口にしている一夜の右手を見て言う。


「指を失ったって聞いたけど……」

「ああ、この通り薬指を失ったが、義指を付ければ問題ない」


 一夜は包帯が巻かれた右手を見ながら言う。


「そう、奴とはどんな風に触れたの?」

「直接、俺の身体が奴に触れたわけじゃないが、攻撃を加えた時、武具を通して奴の肉体には触れている。……シャーデンフロイデの肉体を切断した呪詛の霊符と奴の動きを食い止めた錫杖だ。とりわけ霊符の文字や図形は俺の血で書かれている。それが奴の霊術に反応したんだろう」

「こっちから触れても駄目なんて面倒くさいねー」

「ふん、気色の悪い奴が使う術だからしょうがないんだろう」


 なんの理由にもなってないが、一夜の理屈が正しければ、まずいんじゃないか。


「なあ、結界を作り出している霊符にもお前の血が練り込まれているんだったらやばいんじゃないか?」

「問題ない。俺の身に何かあれば問答無用で奴の魂は霊気諸共霊符に吸い取られて消滅するだけだ。かといって霊符の檻から抜け出せなければ同じ帰結を迎えるのは時間の問題……さあ、どう出る、死魔を率いる死神よ」

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