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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
六章 追憶のグランギニョール
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6―19 憂さ晴らしにデートをしましょう①

「えー、駄目なの?」

「別に……駄目じゃないけど、今はそういう気分じゃないっていうか」

「だからこそじゃない。私は琉倭に元気になってもらいたいのよ」


 それがヘレナの本音なのか。だとしたらあり得ない。


「元気に? ……それはおかしな話だ。それは罰じゃない。罰ってのは犯した罪と同じくらいの痛みを受けるってことだ。だから俺がお前の胸にナイフを刺したなら俺もお前に刺されるべきなんだ」

「そう……そういうことなら分かったわ。じゃあ、目を瞑りなさい」

「……ああ」


 言われた通り瞼を閉じた。死ぬ覚悟ができているというよりは、死の恐怖が湧き上がってこなかった。たぶん、疲れていたんだろう。


「そう、本気なんだ」


 ぎしぎしとベッドが軋む音がする。ヘレナの気配を近くで感じ取った瞬間、額に鈍い痛みが走った。


「痛っ」


 突拍子に目を開けると前のめりになりながら俺の顔を窺うヘレナがいた。


「はい、これで痛いお仕置きはもうおしまい。私の痛みはせいぜいその程度のものよ」

「デコピン程度なわけ、ないだろ」

「何よ今更、自暴自棄になるくらいなら私の言うことを聞きなさいっていうのよ。それが罰よ罰」

「……」

「それとも何かしら、私とデートすることは胸を刺されることよりも受け入れがたい罰なのかしらね」

「そんなわけないだろ……俺はただ」


 踏ん切りがつかない俺にヘレナは辟易するようにため息をつく。


「はぁ、今日の琉倭はやけにセンシティブで面倒くさいわね。ボーグの因子を必要以上に抜き取りすぎたのがいけなかったかしら?」

「そんなの知らねえよ、くそ……」

「……。ま、確かに痛かったわよ。けれどね、同時に感心もしているのよ? 私」

「どこに感心する要素があんだよ」

「吹っ切る勇気と躊躇わない覚悟。常識を度外視した奇策に迅速な状況判断。……だからね琉倭、全部が全部、あなたが悪いわけじゃないのよ」

「……」

「ほら、男の子ならいつまでもくよくよしてないで、しゃんとなさい。それともこれが俗に言う賢者タイムみたいなものなのかしらね?」

「は? 何言ってんだ、この痴女神。からかいやがって」

「ふふっ、いつもの琉倭に戻ってきたじゃない」

「うるせぇ、ばーか。もういい、お前と話していると深く考えてたこっちが馬鹿馬鹿しく思えてくる」

「ならよかったわ。悩んでも仕方のないことにいつまでも悩むくらいなら過去よりもこれからを考えた方がよっぽど有意義だもの。……ということで、琉倭。私に人間のデートがどういうものか、教えてちょうだいね」

「……」


 教えてって言われても俺が最初で最後にしたデートは星宮小夜とした一回だけで……。その時は何をしたっけ。……ああ、そうだ、ファーストフードでハンバーガーを食べて、デパートの中を連れ回されて、喫茶店でプリン・ア・ラ・モードを二人で分け合って……その後、星宮の家に招かれて……信じたくない真実を知った。


「……デートね……」


 デート。そのデートは楽しかったけれど悲しかった。もしも、星宮が生きていたら今度は俺が星宮を楽しませたいなんて……、俺はまた過去にしがみつく。星宮に擬態したミクトラン・テク―トリを殺した時に未練も悲痛も断ち切ったつもりだったのに思い出を振り返れば、痛くて悲しいことばかりが思い起こされる。


 今となってはもう俺と関わったほとんどの人間は酷い不幸に見舞わられ、結果、俺にはどうすることもできなかった。


 でもやっぱりどうしようもなかった。仮に諸星の犯行を食い止めることができたとしても、諸星は別の形で己の復讐を果たそうとしたことだろう。だから今回ばかりは俺のせいじゃない。それでも助けられなかったクラスメイトが俺を恨もうとするんならそれでいい。


 俺は別に怪人を倒す戦隊ヒーローでもなければ正義のヒーローでもない。あいつらは人助けを任務として、己の責務として掲げているからこそ救えなかった時、自分の無力さに打ちひしがれるんだ。


 けど俺に悲しみはない。二度とこんなことが起きないようにと敵への強い怒りやもっと強くなろうと決意を新たにすることもない。そんな高潔なものを持つことができないのはきっと俺は俺のことで手一杯だからだ。誰かの悪意を食い止める前に自分の悪意を抑え込むことで精一杯だからだ。そう、俺はただ俺の理性が野性に焼き切れて、無駄な死人が出ることが嫌なだけなんだ。だから俺ができることはせいぜい、自分の悪意を満たすために誰かの悪意をねじ伏せることくらいだろう。


 つんと俺の頬にヘレナの指が当たった。


「まーた、ろくでもないこと、考えてるでしょ」


 ぼふっとせっかく身体を起こしたのにヘレナに押し倒されて、またベッドへ逆戻り。覆い被さられ、問い詰められ、仮にデートを拒否すれば応じるまでずっとこのまま、しまいには羽交い絞めでもされそうだ。


「別に……、前を向くには開き直るのも大事だなって思っただけだ。……いーよ、俺も気晴らしにお前とデートしたい」


 率直に言えば、ヘレナの表情はぱぁっと明るくなり、俺に抱きついてきた。


「るぅい~っ」


 ぎゅ~っと熱い抱擁。熱い愛情表現。どのみち絞め殺されることには変わらなかったが、こいつはどうしてそこまで俺に構うのか。俺は別に誰かに好かれたいと思って生きていない。だからこいつには酷いこともしたし、酷いこともたくさん言ってきた。それなのに……。


「どうしてそこまで俺を引き立てる。お前が俺を好く理由が分からない」

「理由なんてないわよ。親が子を愛すのに理由なんていらないでしょ」

「お前の子どもになった覚えはねーよ」

「でもあなたの中に私の血が流れているわ」


 どくんと心臓の鼓動が鳴った。けど決して煩わしくはない。なだらかな血流の音。妙に心が落ち着くのはヘレナに抱きしめられているせいか。思えば母に抱きしめられた時と同じような安心感がある。懐かしきを覚える。不覚にもこいつから母性という二文字が浮かび上がるとは思いもしなかった。


 俺の方からもこの手でこいつを抱き寄せたい……なんて、そんな一瞬の気の迷いを拭い捨てるように俺は肩の力を抜いて、朝が来るまでの少しの間、惰眠を貪った。

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