6―18 白昼夢②
セミダブルのベッドの上、微睡の中で、淫靡な女の手が動く。朧げだが何か卑猥なことをされているのは分かる。たぶんこれは積もりに積もった情欲が夢の中で形になったんだろう。ヘレナは俺の竿を掴んで、にぎにぎ、こしょこしょと上下に動かしていた。なんだかすごい一生懸命で真剣な顔をしている。どんな心情で触ってんだと思いながらぼんやり眺めていると紅い瞳と目があった。
「……ぁっ、ぁ、ぁ、あのね琉倭、これは違うのよ。そのね、大きくなっていたから……」
痴女神のくせに何をあたふたしているのか。夢の中だというのに妙にリアルな反応だが、こんな状態にしておいて放っておかれる方がずっとつらい。生殺しにするくらいなら殺してくれた方がよっぽどマシだ。
「いいから、続けて」
「え、と、うん……分かったわ」
ヘレナが指の動きを再開させる。手慣れてない指の動きだが、俺がするよりもなんだかずっと気持ちがいい。それは俺の弱い部分を手探りながら触る女の手つきがいやらしいからか。それとも俺のを見て、少し頬を赤らめている女の顔が見ていられないほど色っぽいからか。おそらくたぶん、両方だろう。
「んぁ、動いた。琉倭、気持ちいい……の?」
「……っ、ん……」
「そう。続けるわね」
俺の反応を見ながら献身的に俺を気持ちよくさせようとする女は死神なんかじゃなく男を誑かす淫魔にしか見えない。だけど「ここ、すごい熱くなってるわよ」「また硬くなったわ」「うわっ、なんか出てきたわよ」なんて自分からしておいて口から零れる台詞はどれもあまり痴女っぽくはない。
「ぅあっ……」
「ふふ、気持ちいいわね」
先から出た体液で竿全体を塗りたくられながら動かす女の手が速くなる。コツを掴んできたのか、絞るように先端をいじられて思わず声が出た。それが嬉しかったのか、ヘレナは俺の顔を見るなり、にへぇと微笑む。
「くちゅくちゅすごい音だよ、琉倭? うふふ、可愛いわ」
金縛りにでもあったかのように身体は動かない。無抵抗のまま、ただヘレナがもたらす甘い快楽に身を委ねるしかない。でもこのままヘレナに果てるところを見られたくなくて俺は身体を捩らせる。するとヘレナが顔を近づけてきた。
「ん? どうしたの? 我慢しないでいいのよ? ほら、こんなにびくびくしてる。もう出そうなんでしょ? ほら、全部出して、私に見せて■■■ちんイクところ。ほらほら、全部受け止めてあげるから気持ちよくなろ? ほらっ、びゅーって出して出して出して――」
扱く手の動きが小刻みに速くなって、快楽の奔流に誘われる。ぐちゅぐちゅと卑猥な音を出しながらぬるついたヘレナの手がぎゅっと膨張した亀頭を押し上げた時、勢いよく射精した。
白い体液がヘレナの手にかかる。
「んわぁ、ふふ、すごい……たくさん出たわね、せーし。気持ちよかった?」
ヘレナの拡張した瞳孔が俺を見る。
「…………ん」
俺の頷きにヘレナは、にへへぇと満足げな表情を浮かべながら精子塗れになった自分の手に舌を這わせる。さっきまで俺の血を啜っていたはずのヘレナの唇はみるみる俺の精液で白く彩られ、精液を舐めている彼女の頬はほのかに熱を帯びていた。
「なんか……変な味……」
未知なる味に戸惑いの声を漏らしながらも俺の精液を舐める舌の動きは止まらない。それどころか舐めとる度にヘレナの息遣いは荒くなり、呼吸音も浅く速くなっていく。
「琉倭の■■■■■も綺麗にするわね」
ヘレナが何か言ってきたが、俺の心身は既に快いほどの疲労感に溶け落ちていた。そこに痛みはない。苦しみもない。怖さなんてあるはずもない。
リストカットともオーバードーズとも違う胸の安らぎ。抗えぬ性的な絶頂の後に訪れる不可避の倦怠感は、誰かを殺して苦しめて享楽に浸る夢の中での出来事からは感じ取れない感覚だ。
感覚……感覚……。
目の奥が重い。極度の眠気に意識が遠のいていく。夢か現実かも分からないあやふやな感覚……感触……。
温かくて、柔らかい。
細いのに確かな柔らかさのある身体に女性性という言葉が浮かぶ。すっかり彼女の体温で融解していた俺の精神が目を覚ます。そこでようやく、自分が生きている人間であることを思い出した。
「おはよ、琉倭」
馴染みある声に瞼を開けて、上体を起こす。隣にはヘレナが寝そべっていた。
「…………まだ夜か」
窓から見える外の世界は暗いまま。朝の気配は感じられない。
「琉倭、その、具合はどうかしら?」
「具合はどうって……別に何とも、ないけど」
「そう、ならいいのだけど……」
なんだかうまく話せない。夢での出来事が脳に色濃く残っていて、ヘレナの顔をまともに見れない。夢といえばそうだ。あんなことをされたんだ。絶対に夢精をしているはずだと咄嗟に下半身に手をやったが、濡れているような感触はなかった。
「……? どうかしたの?」
「いや、何でもない。……それよりヘレナ、手とか背中は大丈夫なのか?」
俺の問いかけにヘレナはぐいっと上体を起こして言う。
「平気よ。何なら私、レヴィナスの時にあなたに胸を刺されているもの。そっちの方が痛かったわ」
そう言って刺された箇所に手を置いたヘレナは未だに根に持っているようだった。……レヴィナスを欺くためだったとは言え、意図的にヘレナを傷つけたことには変わらない。怒るのは当然だろう。
「刺すなら刺すってテレパシーで言ってくれたらいいのに」
「感付かれると思ったんだよ……ってそんなのただの屁理屈か…………ごめん」
「……ま、いいのよ、結果的にはうまくいったんだし」
「うまくいってるんだろうか……」
「……レヴィナスを祓うことはできたじゃない」
「でも次から次へと……別の障害が現れて、その度に俺の精神は異常をきたすんだ。心の癌だ。ヘレナがどれだけ俺を戒めても、俺はまた同じ思いを抱いて、同じ過ちを繰り返す。いっそのこと、人の良心なんてもの、なければいいのに……中途半端に備わった……欠陥品……」
「……。別に欠陥品でもいいじゃない」
「良くないだろ」
「じゃあこの世に壊れていない人間なんているのかしら? 人は完璧じゃないからこそ魅力的に映るものよ」
「俺に殺されてもそんなこと言えんのかよ」
「ふっ、殺せるものなら殺してみなさい? 返り討ちに遭わせてあげるから」
とびきり笑顔で言って、ヘレナはベッドから起き上がった。
「ということで私を刺した琉倭には一つ、私の望みを叶えてもらおうかしらね」
「……叶えられるものなら、別に」
「やった。じゃあ私とデートしましょ」
「は?」
何を言い出すかと身構えていたらそんなことかと少しだけ呆けてしまった。




