6―14 グランギニョール②
夜月琉倭が学校に現着する一時間前。午前8時13分。
発端はクラスのいじめが過去の村でのいじめとリンクし、霊弾をクラスメイトの顔面に撃ち込んだことが始まり。女子生徒水瀬ゆいの頭部が吹き飛んだことで教室内で悲鳴が上がり、その悲鳴を諸星ミクルは銃音で一つ一つかき消した。三十二名のうち十九人、射殺。残りの十三人が教室から逃げ、異音を聞きつけた他のクラスの生徒や教師が駆けつけてくる。
廊下に出た諸星ミクル、親指を除いた人差し指から小指を差し向け、逃げ惑う生徒に躊躇いなく発砲。さらにもう片方も同じようにして銃撃。一丁の拳銃だった指鉄砲は一瞬にして八丁の無尽蔵マシンガンとなり、校内にいる生徒や教師を撃ち殺す。死者七十二人。
職員室にて異変に気付いた職員が警察に通報。
午前9時10分。警官が現場に到着した時、一つの教室が爆破。複数の警官が校内へ駆け込む。
旧校舎の屋上にて、警察の動向を確認した諸星ミクル、親指に続いて人差し指を欠損する代わりにそれを小型ミサイルとして解き放つ。警官が一か所に集まったであろう校舎四階部分が全壊。近隣住民が集まり出す中、旧校舎に一人の少年がやって来た。
「諸星……」
「あ、おはよ、夜月くん」
旧校舎の屋上から見下ろす諸星は前の学校のものだろう、白のタイが……印象的な紺のセーラー服を着ていた。
「……。そこで何してんだ」
「何って見れば分かるでしょ。ここまで逃げてきたんだよ。はぁ、もうやだぁ、怖くて動けないから早く来て」
「……」
諸星に言われて校舎内に入った。屋上へ続く階段を上っている最中、俺は平然を装っていた。屋上の扉を開く。風と一緒に硝煙と血の混じったニオイがした。
「あ、きたきた。遅いよもう……ねえ見てよアレ、私たちの学校がたった一日でハチャメチャのヒッチャカメッチャカになっちゃった……もう少しで私も巻き込まれるところだったんだよ? 校内に入ろうとしたらさ銃撃があってね、私、一生懸命逃げてきたの。今さっき、警察が突入していったみたいだけどすごい爆発があって……みんな死んで駄目だったみたい」
「……そうか。そりゃ災難な目に遭ったな」
「本当だよ、もう」
「でもその割には随分と楽しそうだな」
「え、違うよ違う。楽しそうに見えてすごく怖がってるんだよ? 女の子の気持ち、ちゃんと理解して」
「……俺が知っているミクルって女は怖い時は涙流してもうやだぁ~って男の衝動を掻き立てるような怯え方をするはずだったが」
「えぇー、何それ? そんなんで掻き立てられちゃうなんて男の子って本当に盛りの付いた犬だね」
「あぁ、大抵の男は顔が良くてルックスが良ければ性格が最悪でもその気になれるし、その最悪な性格を自分の手で一から叩き直せるって思えば興奮してくる生き物なんだ」
「うぇ~、最低最悪ゲス野郎だぁ」
「……」
「……」
「……何でこんなことした」
「何のこと?」
「惚けるには厳しすぎやしないか」
失った指から血が落ちる音。誰かの返り血を浴びて赤く染まった白のタイ、血の跡が乾いた色白の顔。何より硝煙めいた霊気が彼女の指先から揺らめいているのをひしひしと感じ取れた。
「私は普通の人間、普通の女の子だよ。こんなか弱い人間があんなでっかい建物を破壊できるわけないでしょ?」
「……。あの夜の後、何があって、こんなことしたんだ」
「だから何もないって――」
「何もなくないだろっ! 人殺したら殺すって言ってた奴が何たくさん殺してんだよ!」
俺の指摘に諸星の眼が少し動揺するかのように泳ぐ。
「…………。そういえばそうだったね……ははは……はは……じゃあ、どうする? 私を殺す?」
「……次、殺したら殺す」
「じゃあ……はい」
バン。
何の躊躇いもなく野次馬のうちの一人を射殺した。
「ほら、殺したよ? 私のことも殺しなよ。夜月くん、殺すの好きなんでしょ。殺せなくていらいらしてるんでしょ」
「ふざけんな……あの男に何された。お前はこんなことしないはずだ」
「……私ね、子どもの頃の嫌な記憶を扉の向こう側に閉じ込めてなかったことにしたの。そうしないとまともに生きていけないと思ったから。でも彼に触れられて気付いたの。私が抱いた憎しみとあの子が抱いた憎しみは同じようなもので、でも私はあの子をあの子は私を憎んでて、でもどこかで同情してて、それでね、今日学校行ったら上履きがなくなってて、誰に声かけても誰も何も言ってくれなくて……、今もね、ああやってぞろぞろと野次馬たちが学校に押し寄せてくるところを見ると昔と重なってみんな殺したくなっちゃうの。そう、あの頃の私は私を不幸にするものすべてが憎かった。だから私の邪魔をするならあなたも殺す」
言って親指と人差し指を失った右の指先が俺に向けられた。がその顔は今にも崩れそうなほど悲しそうに見えた。
「そうか……やっぱりあの時帰らせずに引き止めておきゃよかったな。それとごめんな、今日早く来れなくて」
「え――」
俺が動くのに少し遅れて、彼女の指から霊弾が炸裂した。だけどその弾頭は俺には当たらず屋上に設置された給水タンクに着弾する。破裂したタンクから水飛沫が上がった。
「ぶしゅぅぅぅぅぅ」
諸星の首からも赤い飛沫が上がっていた。
「っ、あ、れ、……どう、じたの? 嬉しそう、じゃない…………ね……」
首を切られた諸星はか細い声で言って、水浸しになった屋上に倒れ込んだ。血は水中に落ちた赤い絵の具のようにみるみると水面に広がっていく。
「くそ……こんなんばっかだ」
俺は諸星の遺体に紙袋から取り出した制服を上に被せる。そして抱きかかえようと腰を下ろした時、屋上のドアが開いた。




