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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
六章 胎児蒐集のオステオトーム
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6―3 直感②

 放課後になって諸星ミクルを旧校舎に招く。俺の後ろをついていく諸星さんの姿を見てクラスメイトは早々に彼女を見限ったようで誰一人彼女を止める者はいなかった。そんなことはどうでもいい様子で諸星さんは俺の言葉の意図をしつこく聞いてくる。


「ねえ、さっきの直感は外れるってどういうこと?」

「そのままの意味だよ」

「そのままって? クラスメイトの証言が正しいってこと?」

「……」


 俺の沈黙を素直に受け取った諸星さんは驚いたような声を上げる。


「嘘……でしょ、本当に人を殺したって言うの? ねえって」

「じゃあ訊くが仮に俺が誰かを殺したって白状したら、諸星さんはどうするんだ?」


 屋上に続く階段を上り切った俺は振り返って諸星さんを見下ろした。少し怯えたような表情を浮かべている彼女はあの時の星宮とまるっきり重なる。


 ああ、なんてそそる顔をしているんだ。


 思えばここは俺が星宮をレイプした場所だった。だけど恐怖に慄く顔からは予想だにしなかった言葉を彼女は吐いた。


「殺す」


 酷く冷淡な声で端的に言った。まるで大切な誰かを殺された復讐者の目つきで、俺を見る。さっきまでの淑やかな雰囲気は消え去り、悪を罰する揺るぎのない目が、俺を睨み付けている。そこには一切の冗談はなく、殺伐とした空気だけがひしひしと伝わってくる。


「へえ、見かけによらず気が強いんだな。でも本気で俺を殺せるとでも思ってんならやっぱりお前の直感はどこまでも外れているよ」

「いいえ、直感が外れているのはあなたの方よ」


 俺の言葉を否定した諸星さんは俺に指先を突き付けた。指鉄砲の構えを崩すことなく、それで脅した気でいる彼女。だが、人差し指一点に込められていく霊力の高まりを感じて、俺は咄嗟に霊眼を開眼させた。


「お前、何者だ」「なに、その瞳」


 互いの直感は外れた。戸惑いの表情を浮かべている諸星を余所に俺は問いかける。


「お前、霊媒師か」

「霊媒師……? 違う、私は諸星ミクル、ただの人間」

「んなわけないだろう。お前は今確かにその指先に霊力を込めた。それは霊力の使い方を熟知していなきゃできないことだ。正義心を被った偽善者が、一体いつからその力を自覚し、行使した」

「……うるさい。あなたには関係ない」

「自分から関わっておいてよく言う。こんなことになるんだったら関わるべきじゃなかったんだ、俺もお前も」

「……そうだね。でもこのままあなたの罪を見過ごすわけにはいかない」

「どこの分際がそれを言いやがる。他人の罪を制裁することがお前なりの贖罪だって言うんならその指先は自身に向けられるはずだ。自身の罪を受け止めることもできずに俺を見て同族嫌悪に陥ってんじゃねーよ」

「黙れっ。私のことを分かったような風に言うな。私はあなたとは違う。わけもなくただ自分の欲望のために罪を犯すような人間じゃない。あなたと一緒にするな」

「なら殺せばいい。それでお前の気が済むのなら」

「……」


 重い沈黙の後、弱まった霊力が諸星の緊張感に伴って張り詰めていくのが分かった。諸星の指先に集中する霊気。練り上げられていく負のエネルギーが微かに震える指の先で紫紺色に発火した瞬間、それは迸った。霊眼を開眼させた今、石火に走る霊弾を躱すのは容易い。だが初めから躱すつもりはなく、俺は目蓋を閉じた。




 目を開ける。


「どうした、外すような距離じゃないだろ」


 コンクリートの壁が砕けるような音がして目蓋を開いた俺は改めて眼下の先に立つ諸星を見た。沈黙の空白。さっきまでずっと逸らさず俺を見ていた彼女の瞳は薄茶色の前髪で隠れていて、さっきまで頑なに俺を差していた右の指は下りていた。その指は今制服の袖をぎゅっと掴むことに役割を変えていた。


「……もういい、俺は帰る。明日からは一切、俺に話しかけてくるなよ。周りの奴らには適当に出任せでも言って寄りを戻せばいい」


 階段を下りる。立ち尽くしたまま、微動だにしない諸星の横を通り過ぎようとした時、彼女の背後から手の形をした黒い影が伸びた。


「きゃああああああああああああああ」


 諸星ミクルの悲鳴が旧校舎に響き渡った。

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