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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
六章 追憶のグランギニョール
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6―1 普通の朝。見かけない人。

 ヘレナが倒さなくちゃならない死神の名前――ライツァリッヒ・レヴェナドックス。その死神を倒せるのか、ヘレナに問うたが、あいつは歯切れの悪い返事しかせず、結局、有耶無耶のまま雲隠れするみたいに闇へと消えてしまった。負けん気が強いあいつのことだから「倒せるに決まっているでしょ」と自信満々に即答するかと思ったが、そうじゃないとなるとそれが今の答えなんだろう。


「……もう朝か」


 鈍い光がカーテンの隙間から部屋に射し込んで、否が応でも憂鬱な朝であることを知らしめてくる。朝の陽射しよりも夜の月明かり。小鳥の囀りよりも梟の咆哮。暖かく明るい朝よりも冷たく暗い夜が生きていて心地いい。


 とは言え、本分は学生だ。気だるい身体を起こして、制服に着替える。負傷した左手は昨夜の戦闘もあって完璧なぐらいに正常な状態に戻っていた。


 部屋を出ると廊下は肌寒い空気が立ち込めていて、少しばかりだが眠気も覚めた。階段を下りる。ロビー近くの洗面所で顔を洗って歯を磨く。そして身支度を済ませた後、和館に通じる渡り廊下を歩いて、食堂へ向かった。


「おはようございます、琉倭さま。もう少しで朝食の準備が整いますのでしばしの間お待ちくださいませ」

「ああ」


 七羅は手慣れた動きで朝食の準備をしていて、一汁三菜の食事が次々とテーブルに運ばれていく。


「朝食の準備が整いました。お召し上がりくださいませ」

「いただきます」


 俺が食事の挨拶をして食事を進めるとしばらくして七羅が口を開く。


「最近、お早い起床が続いていますね」


 心なしか、残念そうな声だった。


「何だよ、面倒な業務が一つ減って、嬉しくないのか?」

「そうですね、琉倭さまがお一人で起床できるようになったことは感心しますが、毎朝琉倭さまの寝顔を拝見できないとなると少しばかり寂しく感じます」

「なんだ、それ。でも、それじゃあ、俺の寝顔はもう見納めだな。たぶん、誰かに起こされることはもうない」

「えー、本当ですかぁ? にわかには信じがたいですが、琉倭さまの成長を間近で感じることができて私は嬉しく思います」

「ふっ、たかだか起床ぐらいで。それよりも沙月の様子はどうなんだ?」

「沙月さまなら相変わらず昏睡状態のままですけど、刀童家の者が一日に一度、除霊の儀を執り行っています。それに一夜さんが頻繁に沙月さまのお部屋に立ち入っているので大丈夫だと思いますよ」

「一夜が?」

「はい。毎日沙月さまの部屋に貼っている霊符を貼り替えているみたいです」

「……そうか。貼っては取り外しての繰り返し……」


 念のためかもしれないが念には念を。抜け目なく怠ることなく、入念な準備をして初めてチェルノボーグの怨念を抑え込むことができるということなんだろうか。


「琉倭さま? どうかなされたのですか?」

「別に……母さんは……いや、何でもない」

「ご当主様は沙月さまの容態を気にしているようで、一日に何度かお見えになられていますよ」

「そうか、七羅も気が向いたら沙月に寄り添ってやれ」

「それははい、もちろんですけど、琉倭さまはよろしいのですか?」

「ああ、俺は沙月が目を覚ました時に顔を合わせるよ」

「そうですか……かしこまりました」


 朝食を終えて席を立つ。


「じゃあ、そろそろ時間だから行ってくる」

「はい、いってらっしゃいませ」


 玄関口までついてきた七羅に見送られて、学校へ向かった。いつもの風景、変わらない街並み。決まりきった通学路を歩いて校門をくぐる。その時、下から突き抜ける風に空を見上げた。偶然か、必然か、顔を上げると目に入るシルエットがあった。細かく編み込みにされた長い髪が太陽の光でつやつやと光を帯びている。視線の先には屋上から俺を見下ろす女子生徒の姿があった。こちらは見覚えがまるでないが、視線が合うとその少女はにこりと微笑んだ気がした。

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