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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
五章 愛玩のカルマ
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5―2 朝、目覚め。

 カーテン越しに伝わる陽射しに当てられて目を覚ます。視線を横にずらせば、俺の左腕には包帯が巻かれていた。腕を持ち上げようと力を込める。が思うように動かない。万全な状態に戻すにはもう少し時間がかかりそうだ。そのためにも身体を動かして、早く元に戻さないといけない。けだるさのある身体を起こして、壁にかかった時計を見る。時刻は午前六時三十分。体調はあまり芳しくないが、口無音の様子が気がかりだった。


 ベッドから起き上がる。そういえばここは美柑と伊予柑、二人の共同部屋だ。彼女たちはどこにいるんだろうと、二段目のベッドに通じる階段をどうにかして上ると二人は窮屈そうに一つのベッドで眠っていた。とりわけ伊予柑の下敷きになっている美柑は眉間に皺を寄せていて苦しそうだが起きる気配はない。お礼を言おうと思ったが、起こしたら悪いなと俺は階段を下りる。その時、伊予柑が俺の気配を感じたのか目を覚ました。


「悪い、起こした」

「おはよう。怪我の方は大丈夫?」

「ああ、まだ思うようには動かせないが痛みは引いている」

「それは良かった!」自分のことのように喜ぶ伊予柑。

「昨晩は助かった。ありがとな」

「うん、でも私はお姉ちゃんの補助しかやってないけどね」


 伊予柑の踏み台みたいになっている美柑は未だに目を覚まさない。


「美柑、起きないな」

「お姉ちゃん、朝すごい弱いから何をされても起きないんだよね」


 そう言って伊予柑は美柑の柔らかそうな頬っぺたを手でつねったり、引っ張り上げたりした。妹にやりたい放題されている姉であるが、まったく起きる気配はない。


「気持ちよさそうに寝てんだからやめてあげなよ」

「だって面白いんだもん。今なら何でも許されちゃうよ」


 伊予柑の一方的なじゃれつきで、美柑が着ている青と白のしましまもこもこパジャマははだけていて、滑らかで引き締まったお腹とおへそが無防備に晒されていた。伊予柑の甘い言葉に唆されて、一瞬、今ならどこを触っても起きないんじゃないかと邪な考えがちらつくが、近くにいる伊予柑がニマニマとこちらを見ていることに気付いて、正気に戻る。


「琉倭くん、今、お姉ちゃんのおへそ、がん見してたでしょ!」

「見てない」

「うそだぁ~、えっちなんだから」

「うるさい。俺はもう学校に行く」

「あ、逃げたー」

「伊予柑」

「ん? なに?」

「ありがとうって美柑にもそう伝えておいてくれ」

「うん、分かった。いってらっしゃい」


 二段ベッドの階段を下りて、部屋を出た。自分の部屋に戻って制服を着替え直した後、食堂へ向かった。


「あら、琉倭さま。今日はいつもよりもお早い起床ですね、おはようございます」


 七羅は感心するように挨拶をした。助かった。どうやら左腕の怪我には気づいていないようだ。


「ああ、おはよう」


 挨拶を返して、席に座った。テーブルには既に朝食の準備がされていて、七羅は今から俺を起こしに行く気だったのだろう、危ない危ない。悟られないように普通を装いながら食事を進めていると、稽古終わりの美鈴が食堂にやってきた。


「うわぁ~、フレンチトーストだ。七羅、私も同じものをちょうだい」

「はい、かしこまりました」


 俺が座っている席の向かい側に美鈴は座って、頬杖をつきながら俺の食事を眺めている。食べているところを見られるとなかなか食べにくいのだが。


「? 夜月くん、ナイフがあるのにフォークしか使わないの? 君、そんな豪快な食べ方する子だったけ」


 はぁ……ため息をつく。勘付かれてる以上、美鈴にはどんな誤魔化しも通じないだろうと、素直に昨晩あったことを話した。


「ふーん、シックスセンスに目覚めた口無くんとやり合って、負傷したんだ」

「まあ、捨て身覚悟だったからこの怪我は想定内だったんだが、あいつ寸でのところで命乞いして……殺す気が失せたんだよ」


 俺の話を聞いて美鈴は首を傾げた。


「……? でも彼、自殺したらしいよ」

「……」


 一瞬、理解するのに頭が遅れた。


「そうか」

「車道に飛び出して車に轢かれたらしい」

「…………」


 別に驚きはしなかった。死にたくて死にたくてどうしようもない奴が死んだんだ。当然の帰結だろう。死にたくないのに死ぬしかなかった奴とは違う。


 だけどじゃああの命乞いは何だったのか。何よりヘレナが諭していた言葉が口無には何も響かなかったのかと思うと何だか虚しくなってくる。何のために生きているかなんて、そんなのは分からない。けどこのために産まれてきたんだという一瞬は普段生きている中であるんじゃないかと思う。何気ない日常だからこそ気付かないだけで……例えばそう、七羅が作ってくれたこのフレンチトーストを食べるために産まれてきた……それは些細なことで大袈裟なこともかもしれないがそれだけの理由でいいんじゃないかと俺は思う。

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