インタールード② 死の所在②
時刻は夕刻。僕は身近にいる人の死を見るために家を出た。近隣住民はいない。何せ、街から離れた辺鄙な場所だ。人通りが少ないことは分かっている。かと言って、帰路につく人たちで混雑している駅前で殺人を犯すのはリスキーだ。何よりやってもないのに誰かに咎められるのはまっぴら御免だ。
まあ、僕が直接手を下さなければいいだけの話なのだが。
慣れない感覚を頼りにあえて人が少ない道を歩く。寂しい通りを進んで人がいないか確認すること十五分。野良猫の死体が転がった不衛生な路地裏。どこの誰だか知らないが、その男は僕の顔を見た途端、幽霊にでも会ったかのような反応をして逃げ出した。
「ひどいな。逃げなくたっていいじゃないか。僕は何もしていないのに」
「な、何が起こって、え、え、えぇえええええ? オレの足、魚の切り身になってるぅぅぅう……っ!」
男はよくわからない言葉を吐き捨てながら、よくわからない現象に巻き込まれた足を見て笑う。彼の右足はスライサーの器具で細かく切り刻まれたかのように骨だけが剥き出しの状態になっていた。でもこんなのは僕が想像する死に方じゃない。これじゃあ拷問だ。僕は巷で殺人を犯している猟奇殺人者とは違う。痛めつけたくてやっているんじゃない。だからもっと鮮明に想像しなくてはいけない。
「轢かれろ」
念じるように呟いた。
足から滲み出る血で地面はすっかり赤く濡れていた。男は地面を這いつくばりながら僕から逃げようと必死にもがく。
「やめ、ろぉぉぉっ!」
男が叫んだ。あれ、おかしいな。何も起こらない。ならもっと強く強く念じるだけだ。想像するだけだ。
「やめ――」
「轢かれろっ!」
さらに強く念じた瞬間、残った両腕も、もう片方の腕も僕が想像した通りに千切れとんだ。
「ガァァああああああああああああああああ!」
男のケモノじみた絶叫。血飛沫が迸る。例えるならそう、電車に轢かれたら人の身体はどうなるんだろうかを体現したかのような惨劇だった。
四肢を出鱈目な手段で失った男は微動だにせず、意識は完全に途絶えていた。
轢死は想像よりも痛そうだった。結論、痛覚を感じながら死んでいく死は、僕が死にたいと思える死ではなかった。だとすれば絞死もリストカットもおそらく同じように痛みを伴う死なので、たぶんその死に様を見ても僕はあまりそそがれないと思う。でもどうなんだろう、痛みを実感できるからこそ死を実感できるとも言える。痛みがあるから生きていると実感できる。
「分からない……もっと死をみないと、他にも色んな死があるはずだ。想像するんだ」
果たして、僕が想像できる死の中に僕が死にたいと思える死はあるだろうか。
路地裏から出た僕は僕が思い描く死を求めて、歩き出す。日は沈みかけていて、あと三十分も経たないうちに夜を迎えることになるだろう。そんなことはさておき、早く死を見たい。早く死にたいと思えるようになりたい。早く早く早く、誰でもいいから殺させろ……殺させろ?
「違う……、僕は他人を痛めつけて生きる喜びを知る愚かな人間じゃない」
「だったらどうしてそんなにもお前は楽しそうなんだ?」
その声に僕は振り返った。どうしてこんなところに彼がいるのだろう。顔見知りだけど話したこともないただのクラスメイトが一人、まるで僕のことを捜していたみたいに夜月琉倭は僕の前にやってきた。
「どうして夜月くんがここに?」
「驚いた、その様子だと聞こえてもいるし、見えてもいるのか」
「何のことだ?」
「でもあいつのことは視えてないようだな」
瞬間、背後に何かの気配を感じ取って振り返ったが、すでに手遅れだった。黒い影が伸びる。僕の首元に白い手が添えられた時、失われていた人間の機能が元に戻っていくのを感じた。五感も感情も、そして死にたいという願望も。でもやっぱり死にたいのに死にたいという理由だけは未だに見つからない。
僕は咄嗟にその手を振り払った。強く視ることに意識を向ければ、朧気だった人影は鮮明にこの眼に映った。絵に描いたような死神の恰好、黒いローブを羽織った女性は長い白髪を波打たせて、赤い眼はとてつもなく綺麗だった。




