3―12 昼間の死神①
学校に到着して職員室に向かった。職員室のドアをノックして、ドアを開ける。室内を見渡すが眼鏡をかけたスーツ姿の男性はいない。
「すいません、宗像先生はいらっしゃいますか?」
近くにいた先生に訊ねるが、宗像先生はどうやらまだ出勤していないらしい。仕方なく教室に戻り、自分の席に着く。朝礼の時刻になればこちらから出向かなくても向こうからやって来る。だからそれまでの間、机に突っ伏して眠っていよう。
八時二十五分。朝礼開始の鐘が鳴る。十分近くの短い眠りから覚めた俺は宗像先生が来るのを待っていたが、彼は一向に姿を現さない。ふと、思い当たる節があった。昨晩、墓地で手足を切断された遺体は誰であったか? 暗くてよく分からなかったし、うつ伏せの状態で殺されていたから顔も確認していないが……。
「いや、まさかな」
結局、担任である宗像先生は何が原因なのか、代理の先生によれば休みの連絡はなく、こちらから連絡をかけても音信不通のままであるようだ。
とりあえず、一時限目が終わったタイミングで早退するか。
本当ならすぐに体調不良を理由に早退するつもりだったが、完全にタイミングを逃した俺は一時限目である『現代社会』の教科書を開いた。
ああ、そういえばそうだった、あのくそ女にめちゃくちゃに落書きされていたんだった。でももう怒りは湧いてこない。立て続けに起こっている異変に比べたらこんないたずらは可愛く思えてくる。何より今はすごく眠い。教科書を机に立てて死角を作り、眠りにつこうとした時、脳に直接語りかけてくる女の声がした。『テレパシー』というものだろう。
『随分と呑気な面ね、琉倭』
つんけんしていて怒っているような口調。おそらく昨日の約束を破ったからだろう。はぁ、めんどくさい。
「お前、今どこにいるんだ」
『旧校舎って言えばいいのかしら? 合っていたら今すぐそこの屋上に来て』
「今すぐってお前な、今授業中なんだよ」
『何よ、私の命令よりも学校の規則が大事って言うの? 私との約束は平気で破ったくせに』
何となくわかっていたが、こいつ、すげえ根に持つタイプだ。まあ、俺も大概だが。
「ああ、悪かったな。色々あったんだよ」
『悪いと思っているのなら早く来なさいよね』
深くため息を吐く。俺は手を上げた後、立ち上がった。
「すいません、体調が悪いので早退します」
適当に嘘をついて教室を出た。先生やクラスメイトには少し疑われている感じもしたが、他人がどう思っていようがどうでもいい。ヘレナに言われた通り、俺は旧校舎の屋上へ向かった。
屋上の扉を開ける。ヘレナは陽の光が当たらない屋根がある日陰のところでぽつんと死神らしい黒のフードを深く被りながら座っていた。
「あ、やっと来た、遅いじゃない琉倭!」
俺の顔を見るや否や立ち上がって、あざとっぽく頬を膨らませて俺が近くに来るのを待っている。近づけば何をされるかわからないのでとりあえずドアの前で動かずに様子を窺っていると、「なにしてんのよっ、早くこっちに来なさいよ!」と悶々と膨れ上がった思いを爆発させた。それはそれでなんだかすごく怖いので下手に近づけなくなっていると、するどい眼つきで腕を伸ばしたヘレナが何かしようとしているので、俺は大人しく従った。
近づくとポンっと軽く俺の肩に猫パンチをしたヘレナが「そんなに怖がらなくたっていいじゃない……」と少し悲しそうに言うので、流石に意地悪が過ぎたかと少し反省をする。
「言っておくが、俺だって本当は昨日お前に会うつもりだったんだ。会わなくちゃどうかしそうなくらい」
「えっ、それって私に会いたくて会いたくて堪らなかったってこと?」
暗いフードの下でぱぁ~っと表情を明るくしたヘレナが興味津々に訊ねてくる。ああ、こいつ何か勘違いしているようだ。頭がお花畑のヘレナに俺は鞄から教科書を手に取り、ヘレナに見せつける。
「お前、俺の教科書に落書きしただろ。昨日はその件を含めてお前に腹が立っていたんだ」
「何よ、それくらい別にいいじゃない。そんなんで怒るなんて器が小さいわね」
「お前にだけは言われたくない。でも今はそんなことどうでもいいんだ。怒る気も失せるほどのことがこの街で起こっている。お前も死神なら昨日何が起こったのか気付いているんだろ」
「何があったかは知っているけど、死魔の気配は感じられなかったわ。立ち込めていたのはただただ醜い人の悪意だけだった」
「んなわけないだろ。あんな蛮行、理性の欠片もない、どうやったらあんなことになるんだ」
「知らないわよ。でも人間の本質にはそういうのがあるのでしょ」
「……だけどあの惨状には違和感があり過ぎる。仮に暴力が人の本質に染みついていたとしてもあんな突拍子に至る箇所で引き起こるわけ……それに遺体も何処かに消えていた」
「遺体が消えていることは別に不思議なことじゃないでしょ? 消したっていうか、成仏させたのは私なんだから。あんな望まれない死に方、放っておいたら強い怨念となって、悪霊が産まれる原因になる。早急に対処したわ」
「なんだ、お前の仕業だったのか」
身体から力が抜ける。原因が一つ解消されただけで少しほっとするのは何故だろう。ほっとしていいのは沙月が見つかってからなのに、こいつの顔を見ていると深く考え込んでいる自分が馬鹿みたいに思えてくる。きっとこいつの顔が星宮小夜に似ているからだろう。
「それでこんな時間にわざわざどうしたんだよ。まさか俺が約束を破ったからやってきたわけじゃないよな」
「……」
深い沈黙。突然の来訪にはそういう理由も十分含まれているようだ。
「否定はしないけれど、ここに来た目的はあなたの妹さんを引き渡すためよ」
「は? なんで妹のこと、昨日から失踪した沙月のことをなんでお前が知っているんだ」
「知っているも何も昨夜あなたが待ち合わせの時刻になっても全然来ないからあなたを迎えに行こうと思ったの。そしたらあなたに似た霊気を感じ取って突き止めたら黒髪の少女に出会ったってわけ」
「そう、だったのか。それで沙月は今どこに」
「私の館で眠っている……というよりは眠らせているわ」
「眠らせている?」
「詳しい話は歩きながらでいいかしら。陽射しが強くなる前に館に戻りたい」
暗い色の布を深く被り直したヘレナと一緒に旧校舎の階段を下りる。昇降口から外へ出るとヘレナは口を開いた。




