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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
三章 怨讐のシュラフ
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3―11 異変

 いなくなる。いなくなったと言えば、沙月の行方だ。


 あれから街を出て二時間が経とうとしているが、未だに彼女の姿を見かけることはない。もうすぐでヘレナとの待ち合わせ時刻が迫ってきているが、今はそんな約束どうでもいい。だけど、どうでもよくなるほど、それこそ諦めがつくほど探し回ったが、沙月の姿は見つからなかった。まるですでに失ってしまったものを取り戻そうとしている気分になる。


 街からずいぶんと離れた場所までやって来たがやはり見つからず、地元の街へ戻った頃には夜が明け始めていた。


「……眩しい」


 重苦しい夜を超えて、悲しい光が街を包み込む。見えなかったモノが白日の下に晒されるみたいに太陽の白い光がビルとビルの間に差し込んでいく。人はまだいない。だけど烏の啼く声が妙に騒がしい。


『ガアッガアッガアッガガガガガガガガガガガガガガアァァァァァァァァ!』

「五月蠅いな……」


 歩き疲れて瞼が重い。視界には人間の活動時間よりも早く活動を開始した烏が地べたで弱り切ったナニカを鋭い嘴でつついて、捕食している姿があった。たぶん、子猫か何かだろう。死んでいなかったら烏を追い払おうとしたかもしれないが、死んでいるのならもう手の施しようがない。じゃあ、もし沙月が死んでいたら仕方ないで俺は済ませるのだろうか。


 は? 


 何でそんなことを考える。まだそうなったと決まったわけじゃないだろ。だけどそんな悲観さを増長させるほどの異様な光景が街には広がっていた。


「何が――起きたんだ」


 光が闇を照らし出す。街には至る箇所で人が死んでいた。死んでいる。死んでいるのだ。死死死死死死死死死死。数えきれないほどの死が街にごった返している。


 血の付いた鉄パイプ。壁にへばりついた脳漿。交差点には全裸の女性が四つん這いで、鉄の棒が陰部に突き刺さった状態で亡くなっている。まるで殺し合ったかのように嬲り殺された死体の数々。顔の骨格が変形するくらいの激しい暴行。滑空してきた烏たちが人の血肉を貪るように喰っている。


「ギャアァァァアアアッ!」


 朝の街に出てきた人間の発狂していく奇声に頭が痛くなった。すぐにヒステリックになる女もそうだが、女の絶叫と赤子の喚き声ほど聞くに堪えないものはない。


「あァ、うるせえな……喚いたところで何になんだよ」


 悶々と募る不安と苛立ちを抑えながら原因不明の死体を横切っていく。まあ、こうして見ると道端に落ちているゴミ袋とあまり変わらない……なんて思ってしまう今の俺はちょっとどこかオカシイ。オカシイのはずっと前からそうなんだが、もう何もかもがオカシイ。この街も本格的にオカシクなり始めている。


 毎夜、可笑しくなっている。オカシイ何かにみんなが狂わされている。


 俺が街から離れている間に一体何があったらこうなるのか。街の中にもあの黒い死人が出没したというのか。なら霊媒師である刀童家やヘレナは何をやっていたんだって話になるが、それよりも今はここから離れて屋敷に戻ろう。もしかしたら沙月が家に戻っているかもしれない。その可能性の方が高い。


 希望的観測を胸に屋敷に戻ると、刀童家の者が居間の方に集まっていて情報共有をしているようだった。それが終わるのを待って、美鈴に訊ねる。


「美鈴、沙月は見つかったのか?」

「いいえ、結局見つからなかった」

「そうか」

「夜月くん、一晩中探していたの?」

「ああ。それよりも街が大変なことになっているぞ。たぶん、悪霊の仕業だろう、じゃないと説明がつかない」

「悪霊? 何のこと? 昨夜は私、ずっと当主様の護衛に回っていたから街のことは何も知らない。特に霊力も瘴気も感じなかったし」

「……ならなんで」

「? 何があったの?」

「街で大量の人間が死んでいる。単独犯による大量殺戮というよりは人間同士で殺し合ったような」

「そう、でも伝達情報ではそのような異変は報告されていない。あくまで私たち霊媒師が武力行使に出るのは霊的要因があるかどうか。人間同士の悪意で人が死ぬのならそれは人間の責任であって私たちには関係ない。隣の国が核ミサイルを撃とうが、宗教組織が国家転覆を狙おうが、不安定な日常は常日頃から私たちの隣に潜んではいるけど、それを対処するのは国の責任であって私たちの責任ではない。まあ、その悪意が私たちに向かってやってくるのなら誰であろうと容赦なく叩き潰すけどね」


 にこりと笑ってそう答えた美鈴は俺の肩を軽く叩いた。


「七羅があなた達の帰りをずっと待っているわよ。兄妹二人とも帰ってこなくてすごく心配しているから顔を早く見せてあげて。沙月さまは私たちの方で必ず見つけ出すから、あなたはいつも通りの日常を送りなさい」


 そう言って美鈴は屋敷を後に外へ出ていった。美鈴に言われて七羅がいるであろう部屋に行くとやけに蒼い顔をした彼女が疲れたような目で椅子に腰を下ろしていた。今にでも寝そうな、それこそベッドで横になればすぐ眠れるだろう。


「ただいま」


 俺の声に寝不足のシボシボ目が開いて、七羅は立ち上がった。


「おかえりなさいませ、琉倭さま。今、朝食の準備を……」


 ふらつく七羅に手を貸して、彼女の身体を支えた。そのまま彼女をベッドに寝かせる。


「今は大人しく寝ていろ。目覚める頃には沙月も戻っているから」

「……はい」


 俺の言葉を信じた七羅は静かに頷いて瞼を閉じた。


 浴室に向かい、汗を洗い流した後、家を出た。朝から厭なものを見たせいで湧いていた食欲は完全に失せた。街に出ればあの悲惨な光景が広がっている。はずだったが街はいつも通りの通勤風景に戻っていた。


「何がどうなってるんだ」


 あの残虐な風景は俺だけの記憶なのか、悪い夢でも見ていたと言うのか。


「ワケがわからない」


 とりあえず今は学校だ。呑気に行っている場合ではないが、無断欠席すれば何かと面倒なので教室に顔を出した後に早退する旨を担任に伝えて早く沙月を探しに行こう。


 俺は歩くスピードを速めた。

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