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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
三章 怨讐のシュラフ
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3―10 霊園内にて

 街中を走る。明日が平日ということもあってか、それとも例の通り魔殺人事件の影響か、人はまばらで人通りは少ない。


「はあ、はあ、はあ」


 立ち止まって霊眼を開眼させる。だが至る箇所に霊気が散見されていて特定できない。


「くそ、何処だ」


 どこだ、どこへ行った、どこにいる。沙月が行くところなんて分からない。分からない。分からない。

 街に出てから一時間が経とうとしていた。手当たり次第に探したが、見当たらない。日が沈んで、街は本格的な夜の世界に彩られている。諦めて帰る。もしかしたら家に戻っているかもしれない。なんて可能性に縋るにはまだ早い。


「兄妹なのに何も知らないな」


 無関心だったわけではないが、彼女の生活習慣や考え方が分かっていれば、それを頼りに探し当てられる。彼女の行動範囲は狭いはずだ。家から学校までの通学路。寄り道なんてせず無駄な時間を省いた生活スタイル。繁華街になんか行くことはないだろう、でもそれは単に行く必要がないだけで、本当の胸の内はどうか分からない。だから今沙月が何を考えているのか分からない。分からない? いや、今の心情があの時の俺と同じものならば、誰かを殺したくて殺したくて堪らないならば、人目のつかない薄暗くて不気味な狭い空間を好む。それは人を殺すには最適な環境だからだ。特に八方塞がりの密閉空間は窓のない家と等しく同じで、殺人も強姦も悪いことをする者は光を拒み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光の方には決して姿を現さない。


 悪事はいつも光の水面下で動いているものだ。


 だから行き着く先は薄汚い路地裏か、廃墟になった家屋、とにかく人の目がつかない場所だ。

 結論、この街にはいないと判断した俺は街から離れた墓地に移動した。街に比べて濃い瘴気が漂う霊園内を歩く。カタカタと侘しく震える卒塔婆。人影みたいに不気味に聳え立つ御影石。そこに一つだけ明らかに別個な存在が倒れている。地面に流出している赤い血。倒れたままの状態で四肢を両断されている男性の遺体。おそらく身動きができないように手足の腱を律儀に切り裂いた後に殺害したのだろう。


「これも例の通り魔殺人の仕業……なのか?」


 凄惨な殺され方をした遺体に目を奪われていると、こちらに近づいてくる無数の足音がした。わらわらと、ゆらゆらと、墓から蘇った死体のように、生きる屍が霊園内に湧き出る。


「一体、どこから湧いてきた」


 燃えるような赤い眼に黒い身体。硫黄のニオイをまき散らしながら突然大量に発生した死人。昨晩の時と同じ現象だが、工業跡地に現れた悪霊とは系統が少し違った。それは感じ取れる霊気の強さや瘴気の濃さから見ても違いは明らかだ。


「ちっ、こちとらお前らに付き合っている暇はねえんだけどな」


 腰に隠していた退魔の剣を手に取る。黒衣に秘められた霊力を感じ取ったのか、悪霊たちが一斉に襲い掛かった。柄の先についた黒衣を振り解きながら、俺は口の端を歪めた。死んでいるから、血は冷たいんだろうか、死んでいるから肉の感触は硬いんだろうか、昨日は美鈴に邪魔されて誰一人殺せなかったが、今は違う。俺だけを標的に襲い掛かってくる者すべて、俺が俺の手で俺の好きなように殺せる。


 どくん、と胸が鳴った。


 威勢よく最初に間合いに入ってきた女の首を問答無用で刎ねた。皮膚は硬く、血は一滴たりとも出ない。はっきり言って興覚めだ。


「こんなもんかよ」


 尻目で女の死人を一瞥する。終わりかけの蝋燭みたいに霧散していく肉体。所詮は有象無象。とは言え、束になって襲ってくる雑魚の習性は厄介で、映画に出てくるゾンビみたいに動きが緩慢なわけではない。血気盛んに赤い眼をしたブラックヒューマンは人並み以上の動きで襲い掛かる。だがそれを一体一体淡々と斬り伏せ、始末していく。


 やはりこの眼だ。霊眼を開眼するしないとでは明らかに違う。開眼している時はそう、普段使っていない脳を働かせているせいか、本来眠ったままの潜在能力が引き出されている感じがする。その証拠にやっぱりこいつらの動きは遅い。遅すぎた。


 そちらが襲ってくるのならこちらはその時を待つだけ。無駄のない圧倒的な速さでブラックヒューマンを斬り伏せ、殺害していく。その群れを切り開いていく間際、俺は見た。黒い石碑が立ち並ぶ中、その石碑と大差ないほど人間味のない異質な黒い人影を。


 ここにいる連中とは明らかに違う存在。違い過ぎて違和感しかない。


「おい、これはお前の仕業か?」


 俺の呼びかけに反応はなく、静かにただ傍観しているだけの黒い影。俺は残りの三人を手短に斬り祓い、左右に連なる墓石の中央に立っている人影に目を向けた。が――。


「ちっ、何処、行きやがった」


 頼みの綱である霊気の気配はない。ここにはもう何もなく、振り返れば、四肢を両断されていた遺体さえもなくなっていた。

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