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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
三章 怨讐のシュラフ
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3―9 遺恨

 帰宅すると屋敷の中は何だか騒がしかった。刀童家の者が忙しない様子で屋敷の玄関から出てくる。その中には深刻な表情を浮かべている美鈴と一夜の姿があった。


「一夜。いつからいなくなったの」

「分からない。最低でも二人、部屋の周辺に配置していたが、霊符の弛みを感じた時にはもういなかったみたいだ。事実、十数枚の霊符が黒ずんでたわんでいる」

「……そう。警戒していなかったわけじゃないけど、まさかこうも簡単に破られるとはね……私は念のため当主様の護衛に回る」

「了解だ。見つけ次第、伝達する」


 言って、一夜は屋敷を後に街の方へと駆け出して行った。


「美鈴、何かあったのか」

「あなたの妹がどこかへ失踪した」

「失踪? 大袈裟だな、ただの散歩だろ」

「だといいけど、どうなんだろうね、個人的にはそうは思えないんだけど」

「はっきり言え、何が言いたい」

「この前話したこと、覚えてる?」

「例え話のことか?」

「そう、夜月くんが助かった代わりに大切な誰かが災難に遭うことになったら君はどうするんだろうねって話」

「その話と何が関係あるんだよ」

「夜月くん、あの死神女に殺された後、何をされたの?」

「何をって、死魔だと間違われて殺された後に蘇生させられて……、あー、そのついでになんか悪いモノに憑りつかれているから全部じゃないけど吸い取ったとかなんとか」

「そう……勿怪の幸いにも程があるわね。でもそれで沙月さまに転移するなんて相当な遺恨ね」

「遺恨? 何のことだ?」

「退魔師の一族として何も知らないのは気の毒ね。いいわ、口留めされているけど、こうなってしまっては伝えざるを得ない」


 そう切り出した美鈴が口にしたことは退魔師と死神にまつわる話だった。


「昔はね、たくさんの退魔師がいたの。それこそ文明人になる前は、霊能のような超感覚的知覚はもともと人間として生命を得たからには、誰でもこの感覚を持っていた。だからこそ、死神という存在を恐れていた。死神は人間が死ぬ時に訪れ、魂を冥界に引き連れる役割がある。だけど、人間は死を恐れ、死から逃れ、死を克服しようとしたの。その結果、とある一族の愚昧な策略によって死神は騙された。死を拒もうと考えた一族の愚行によって死神は人の子を産まされちゃったの」

「それが夜月の一族?」

「いや、違う。その一族が刀童家。夜月の一族は霊媒師を恨んでいる死神によって死神の子どもを産まされた一族。事実、退魔師の霊能を欺いた死神は退魔の一族のほとんどを滅ぼした。人間と死神の間に産まれた混血児は本来相容れないモノ同士が自らの内にあるため、醜い自身を殺そうとする破滅願望と誰彼構わず殺そうとする死神の思考に憑りつかれることで起こる自己の崩壊、および人間を滅ぼそうとする死神の思想や意志が殺人衝動として発眼するの」

「でもそれならどうして刀童家の者は殺人衝動に襲われないんだ」

「それは混血児と言っても人間寄りだから。あなたたち夜月の一族は死神の血が濃いから死神に理性を持っていかれやすい。だから沙月さまは異質だったのよ。全くもって霊力がないどころか、殺人衝動もないんだもの」

「……じゃあ妹を懸念する必要はないじゃないか。懸念すべきは俺の方だろ」

「ええ、だから監視していたわ」

「ならなんで俺を自由にさせていた。普通に外出して、普通に夜だって徘徊にも」

「それはあなたが人を殺すのを待っていたから。夜月家の子どもはそうやって殺されてきた」

「殺されてきた? 子どもは俺と沙月以外いないぞ」

「違う、あなたの母親……当主様は死神との性交によって不老不死でありながら子どもを殺しても子どもを殺した年にまた子どもを孕む体質にさせられたの。だから一度人を殺した夜月の子は刀童家の者によって殺害されることが容認されている」

「じゃあ俺は殺されるはずだったのか」

「そう、当主さま的には娘である沙月さまに一縷の望みを託して、害悪要因であるあなたを早々に殺して過去からの遺恨を断ち切りたかったようだけど、ヘレナ・シフォンティーヌにあなたが殺されたことで事態は大きく変わった。視れば分かる。彼女がどうやって夜月くんを助けたかは分からないけど、あなたの内にあった悪因子が善因子によって僅かながらに中和されている」

「待て、確かにあいつに殺されて、俺の殺人衝動は減退しているけど、転移ってさっき言ったよな。じゃあ、その衝動が沙月に移っているってことか」

「ええ、少なくとも今の彼女は夜月くんの内にある悪因子量よりも多いし、善因子も減っている。このまま野放しにしていたら犠牲になる人が出てくる」

「犠牲にって、沙月が人を殺したらお前らは沙月を殺すんだろ」

「ええ、それが当主様の方針ならば」

「血も涙もないな」

「……。ならなんで夜月くんは、そんな楽しそうに笑っているの?」

「……は?」


 笑っている? 別に笑ってなんかいない。笑っているように見えるのならそれはきっとこの不快な感情と不安な状況を和らげるための防衛反応みたいなものだ。決してこの状況が楽しくて、可笑しくて、笑ったんじゃない。


 ……笑ったんじゃない。

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