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3―7 愚行権①

 俺の人生は一人の少女の犠牲によって続行することになった。本当ならここに俺はいなかった。勝手に独り死んで、星宮小夜はいつも通り、訂正、星宮小夜に潜む死魔は星宮小夜として学校に来ていたことだろう。

 

 だからあれは犠牲なんかじゃなくて救済だったんだ。俺にとっても救済だった。


 星宮小夜の死が俺の生きる動力源となっている。初めて殺した相手が星宮小夜で良かった。柔らかな肌にナイフを通す感覚は癖になるほど、この手に残っている。温かい血の感触も拭えないほど手に染みついている。たくさん刺した、たくさん斬りつけた、思う存分、気が済むままに、滅多滅多に、ザックザックに。あの感情は初めてだ。人を殺して生きている実感が湧いた。初めて生きていてよかったと思った。でもそんな初体験を思い返しみても、あのうんざりするような激情に駆られることはない。


「……」


 昨晩はあの後、結局どうなったんだろうか。口無音はなぜ小川の廃ビル地下駐車場なんかで眠っていたのか。見かけによらず廃墟マニアだったりするのか。まあ、そういった無常観なモノに惹かれる心理も分からなくはないが、それだと口無音の母親が話していたことと辻褄が合わない。


 じゃあ、誰があんなところに、女だと間違われて攫われたにしては一瞬でそんなことができるわけがない。やはり人ならざる悪霊の仕業だとしか言いようがないのか。まあ、本人に聞けばすべて解決する話だ。


 校門をくぐり抜けて、教室に向かう。相変わらずがやがやと騒がしい教室内、何も変わっていないいつも通りの風景。人一人死んだところで世界は何も変わらない。仮にクラスメイトが彼女の死を知っても悲しむ人間はほとんどいないだろう。偶々、同じクラスの人間が死んだというだけの認識で……あるのは空虚さだけだ。いや、その虚しさは変わらない日常に気を落としている俺だけの感情か。


「何を今更、あれは偽物であって本物じゃない……」


 邪魔な思考を振り払い、席に着く。当たり前だが、隣の席に星宮小夜が座ることはもうない。にこやかに笑って元気よく挨拶をしてくる彼女の姿はもうどこにもない。ああ、すごく静かだ。星宮小夜はもういない。身寄りもなければ遺体もヘレナが処理したので当然見つかることはない。数日経てば失踪届が出されて、数か月もすれば人々の記憶から忘れさられていくんだろう。


 朝礼の鐘が鳴る。口無音が登校してくるのを待っていたが、結局彼は学校には来なかった。もしかしたら昨日のこともあって今日は欠席なのかもしれない。


「えー、今日の欠席は口無と……星宮か……」


 担任が欠席確認と連絡事項を伝えている中、俺は机に突っ伏して教室内にいる人間を確認していく。席が後ろで助かった。これだったら一目見て分かる。意識を高めて、殺意を向ける。二人の欠席者を除き、担任を含めた計三十一人。どいつが早く死にどいつが一番長く生きるか、どいつが一番霊感が強くてどいつが全くもって霊感がないのか、悪霊に憑りつかれている奴はいるか、この眼ですべての異変を探る。が引っかかるような異変は感じ取れない。悪霊特有の厭なニオイもしないため、一先ず一年二組の教室は問題がないということだろう。にしてもこれから全クラス、普通教室以外も視て回らないといけないのかと思うと気が遠くなってくる。


 とりあえず朝礼も終わったことだし、昼までだらだらと適当に過ごして万全の状態を整えよう。一時限目の数学、二時限目の国語、三時限目の物理を終えて、四時限目の現代社会に差し掛かろうとした時、教科書を開いて唖然とした。


「――。ちっ、あいつ。ふざけたことしやがって」


 ちょうど今日やるところのページを開けば、教科書に掲載されている偉人の顔写真に落書きがされていた。というよりはほぼ全ページに渡って何かしらの手が加えられている。髪を増やしたり、髭を生やしたり、眼鏡をかけさせたり、やりたい放題工夫を凝らして落書きがされている。


 今日の授業で取り扱う『自由論』を説いたイギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルにもちゃっかりと帽子が被せられていた。

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