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3―4 日曜―昼―②

 沙月の部屋のドアをノックする。


「はい、どうぞ。お入りください」


 無味乾燥な声で招かれた俺は沙月の部屋に入った。ベッドで寝込んでいた沙月の枯木寒巌な表情は俺を見た瞬間、陽が当たった向日葵のように明るい顔になる。


「お兄さま、どうしたの?」

「いや、七羅から体調が悪いって聞いて」

「嬉しい。心配になって駆けつけてくれたんだ」

「何だよ、全然元気じゃないか。心配して損した」

「別に体調は悪くないよ。ただちょっと昨日の夜は眠れなくて……最近、習い事とか、色々と忙しかったからそれで少し疲れてたんだと思う」

「疲れてるならすぐ眠れるだろう」

「う~ん、疲れ過ぎてるのかな? なんか逆に覚めちゃうの。ここ最近……夜は寝つきが悪くて、昼間はすごく眠たいの」

「……そうか」

「でもお兄さまがこうやって心配してくれるんだったら、わたし毎日体調崩しちゃおうかな。なーんて」


 つまらない冗談はさておき、俺は沙月の部屋に張られている霊符を眼だけで確認した。時計の裏、カレンダーの裏、飾られた絵画の裏、カーペットの裏、ベッドの裏、畳の裏、本棚の裏にクローゼットの裏。霊力がなければ視えない札がそこら中に貼り巡らされている。沙月は霊媒師の家系で育ったが、霊力がほとんどないに等しい。隣に立つ七羅も一般人だ。俺の場合は霊力はあるみたいだが、それを感知することができない。だが、それはあの一晩で様変わりした。だからこの光景は異様だ。その霊符に一瞬の殺意を向ける。札に記された閉じた目蓋のような紋様が開き出すのと同時に俺は目蓋を閉じた。


「お兄さま?」

「……」


 この霊符はおそらく刀童家の者が貼ったモノだろう。害を与えるような霊障を退かせるための目に視えないバリア。霊符には大きく分けて五つの作用がある。上から順に結界・祓い・封印・厄除け・魔除け。霊符を貼る・持つことで結界を張り、霊道を切り、邪気を払い、呪詛や悪鬼の侵入を防ぐ働きがあるのだ。


「お兄さまっ、そんなじろじろと私の部屋を見ないでよ、恥ずかしい」

「あ~、悪い。……邪魔したな、ゆっくり休め」

「え~、もう行っちゃうの」

「そりゃあ行くよ。じゃあな」


 部屋を出ようとして「待って!」と今度は真剣な声で呼び止められた。


「七羅、ちょっと外してくれる? 少しだけお兄さまとお話がしたいの」

「かしこまりました。琉倭さま、お食事の準備をして参りますので、お話が済みましたら食堂にいらしてください」

「ああ」


 ぺこりとお辞儀して、七羅は沙月の部屋を後にした。


「で、話って何だ? わざわざ七羅を外させるくらいだ、俺にしか話せないことでもあんのか? 悩みがあるなら聞くが」

「ううん、悩みというよりは確認したいことがあって……、その、お兄さまは、昨日、誰かを……殺しましたか?」


 あまりにも的確に俺がしたことを言い当てられてどきりとした。が、動揺はすぐに揉み消した。絶対に悟られてはいけないものだ。そしてそんなことを知られてしまえば、俺の中で沙月という存在は妹である前に邪魔な存在になってしまう。それこそ、秘密を知られてしまってどうしようもなくなった挙句、殺す他なくなってしまうような。


「……どうして、そう思うんだ?」

「何となく、人が死んだような匂いがするから」

「……」


 沙月が匂いに敏感だったことは知らなかったが、ここ最近、死に関わり過ぎていた。通り魔殺人鬼に滅多刺しにされた遺体を見たこと。通りすがりの死神に殺されたこと。初恋の女を殺めたこと。冥界の女神と関わりを持ってしまったこと。確かに言われてみれば、あの女神からも死臭はしていた。線香の香りというよりは飴を煮詰めような甘ったるい匂いだった。それが伝染したのかと言われると判らないが、驚いているのはそこではない。なぜ沙月は俺の死期が近いからではなく、俺が人を殺したと後者の方があり得ない可能性なのにそんなことを言ってくるのか。


「もし俺が誰かを殺したとしたら、沙月はどうするんだ?」

「……う~ん、どうしようかなぁ……」


 そんなに迷うことなのか、深く考えるような間があった後、沙月は結論付けるように言った。


「やっぱり私は、事の成り行きに任せちゃおうかな」

「ふっ、なんだそれ。悪いことをしても沙月は咎めないのか?」

「だって私は優しいお兄さましか知らないもん。それが私だけが知っている真実」

「別に俺は優しくなんかないよ」

「優しいよ、こうやって私の容態を心配してくれるだけで、すっごく優しい」

「ふん、そうかよ。だったらいいじゃないか、沙月が想像していることは全部杞憂に終わる」

「そうだよね。あはは、ごめんなさい、お兄さま」


 自分で言っていて心が苦しくなることはなかった。嘘をついても罪悪感がないのはずっと大きな罪を犯したせいだろう。


「じゃあ俺は行く。深いことなんか考えず、さっさと寝ろ」

「ふふふ、はぁ~い。ありがとう、お兄さま」


 不安は消えたのか、沙月は間の抜けた声で返事してベッドへ横になった。俺は一先ずほっとして沙月の部屋を後にする。俺が沙月と会話している間に母親と鉢合わせなくてほっとした。

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