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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
三章 怨讐のシュラフ
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3―2 帰路②

 二時間ほどかけてヘレナが拠点としている屋敷に辿り着いた。誰も寄り付かないというよりは、寄せ付けないほど異質な雰囲気を醸し出している廃墟の屋敷に足を踏み入れる。


「確か、もっと奥か」

「私の寝室に置いてあるはずよ」

「……お前も眠ったりするのか」

「ええ、夜は基本的に眠らないけれど、陽が差す昼間とかは眠るわね」

「ふーん」

「いっそのこと、このまま一緒に眠らない? もうすぐ夜が明ける頃でしょうし」

「は? 何言ってんだ、お前。取りに戻ったら家に帰るって言っただろ」

「釣れないわね。せっかく一緒に眠ろって可愛く誘ったのに」


 ぶーっと不満そうに頬を膨らませて寝室に入ると、病室にあるような寝台にぼふんと寝転がった。こんなみすぼらしい屋敷をよく自分の寝床にしようと思ったものだ。自称女神ならもっと自分の身の丈にあった場所を好むものじゃないのか。いくら何でも場違い過ぎるというか、当の本人は何とも思ってないようだが。


「ぼーっと突っ立ってどうしたのよ? あ、やっぱり一緒に眠りたくなったのかしら? なら、おいで。ほーら、おいでよ」


 あー、しつこい。何なんだこいつ。星宮以上に馴れ馴れしい。まるで俺を赤ん坊みたいに、ヘレナは迎え入れるように両の手を伸ばして俺が胸に飛び込んでくるのを待っている。目のやり場に困るほど豊満な乳房が白の下着から半分近く見えている。そのくせ、仰向けになっているにも関わらず、その無駄にでかい胸はまったくたるみを見せていない。ちっ……決して見惚れていたわけじゃない。こんなんで俺が飛び込んだら男として単純すぎる。こいつはそんな深く考えていないんだろうが、顔立ちが美しくて、均整のとれた素晴らしい肢体であれば誰でもいいのかと。まるで試されているみたいで俺は視線を横にずらした。


「ばか女、そういうのは恋人とか家族とか、深い仲で繋がれた者同士がやるもんなんだよ」


 言って俺はベッドの横に立てかけてあった学校の鞄を手に取った。


「ふーん」


 分かっているのか、分かっていないのか、まあ、どちらでもいいし、どうでもいいんだが。


「ところで待ち合わせはどうするんだ?」

「そうね……じゃあ、夜の十時にさっきの公園で」


 よりにもよって俺が星宮を殺した場所を毎回の待ち合わせ場所にするなんて、デリカシーのない。まあ、こちらが訊ねた身として却下するつもりもないんだが。


「じゃあそういうことで俺はもう帰る」

「待って」


 鞄を手にして背を向けた時、ヘレナに呼びかけられて、俺は足を止めた。


「なんだよ。まだなんかあんのかよ」

「忠告よ。昼にその眼を過度に使うとその分だけ疲れるし、眠くなるから気を付けなさい。時と場合を考えて使うのよ」

「ああ」

「それと死魔に限らず死神もだけど、基本的に強い奴は霊気も強いし、人型に近ければ近いほど知能も高くて、特異能力も持ち合わせているから気を付けて」


 無駄にでかいベッドの上をごろんごろんと寝返りを打ちながら対処のしようがないことを言う。


「気を付けるも何もそいつが死魔か死神か俺には見極めることもできないからな」

「ええ、それで構わないわ。少しでも何か異変があれば、その情報をもとにどう倒すか考えるから」


 寝返りをやめたヘレナが仰向けの状態で俺の顔を見て言う。


「……あなたの特権は人間でありながら私の力が乗り移っているところ。私は夜側の存在で昼間はあんまり活動できないからよろしく、頼むわね、琉倭……」


 寝そべりながら頼みごとをするなんて、それが人に頼む時の態度かと言いたくなったが、開いた口もすやすやと呑気に眠っているヘレナの顔を見たらどうでも良くなった。


「緩急の多い奴……おまけに警戒感もない」


 俺はぐっすりと眠りに落ちた死の女神にぼそりと呟いて、屋敷を後にした。

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