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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
三章 怨讐のシュラフ
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3―1 帰路①

 深夜二時。誰も彼も寝静まった夜の世界を歩く。俺の隣には黒いローブを羽織ったヘレナ・シフォンティーヌが「ふんふふん、ふんふん、ふんふふん、ふんふん」と鼻歌を口ずさんでいる。それこそ何をしても許されるくらい機嫌が良いほどに。


「なんでそんなに機嫌がいいんだよ」

「そんなの琉倭が私の誘いを受け入れてくれたからだよ」

「そうかよ」


 本当、単純な奴だ。成熟した身体と相反して心の方は子どものままというか、彼女の笑顔は価値が安い。


「それで俺はどうしたらいいんだ」

「そうね、とりあえず琉倭は学校に行ってもらって何か異変がないか確認してきて」


 学校にはもう行かないつもりだったが、生きるということはとりあえず学生としての生活を送らざるを得ないわけで、そのことをこいつが考慮して言ったわけではないと思うが、まあ、彼女の言う通り学校には行くとして……それじゃあ鞄を取りにいかないといけなくなった。


「分かった。そういうことなら鞄をお前の館に置いたままだから今から取りに行く」

「ええ、分かったわ。一緒に行きましょう」


 死神の性質なのかは知らないが、ヘレナは夜行性の動物みたいに俺の前を元気よくるんるんと歌うように歩いている。かくいう俺も夜が深くなるにつれ眠気はなくなっていた。ちかちかと消えそうな電灯が並ぶ夜道を歩いている間、俺は前から疑問に思っていたことをヘレナに話しかけた。


「ヘレナ、お前は自分のことを冥界の女神って言ったよな」

「ええ、そうよ。こう見えて私は偉大なる死の女神なんだから」


 くるんと振り返ったヘレナは胸に手を当てて豪語する。ならなおのこと、疑問に思う。


「そんなに偉大だって言うんならお前一人でも解決できるんじゃないのか? 俺なんかがいたところで何も変わんねえだろ」


 まあ、星宮の復讐は俺の手で果たしたいと思うことには変わりないのだが。


「変わるわよ。私は立場上、あなたたち人間の生活圏にむやみやたらに干渉したりはしない。何より今の私はフルパワーの状態には遠く及ばないの」

「それは瀕死の俺を助けたからか?」

「まあ、そうだけど、あなたが気にすることじゃないわ。……とはいえ、その皺寄せをあなたに押し付けてしまっているのは否めないのだけど……」

「別にこれは俺がやりたくてやっていることだ。お前が気にすることでもないだろ」


 俺の言葉にぱあ、と花咲く笑顔で抱きつこうとするヘレナを俺は回避する。嬉しいことがあったからってすぐ抱きついてくる癖、本当やめた方がいい。


「むぅー、なんで避けるの」

「お前、いちいち抱きついてくんな。そういうこと見知らぬ男にやってみろ。すぐ勘違いを生むぞ」

「琉倭にしかやらないよ? 琉倭にしかやったことないもん」

「あーはいはい、そういうのもいいから」

「何なの、失礼しちゃうわ」

「それよりもフルパワーじゃないなら今のお前の出力はどれくらいだ」

「どれくらい……そうね、半分も出せないわね、三割、四割くらいかしら」

「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ」

「大丈夫よ、並みの死魔相手なら問題なく勝てるわ。死神相手には状況にもよるかもだけど、琉倭がいるもの」

「なんでそこまで俺に期待できる」

「だって一介の死魔を難なく殺せたんだから、期待もしたくなるものよ。それにあなたの体内には私の血が流れている。あなたも自覚しているとは思うけど、体質的にもあなたの身体は死神寄りになっている。死神の特性として夜は死ににくくなるのだけど、今のあなたは傷の治りが常人に比べて早いことと私と同じレベルの霊眼を持ち合わせている。知ってる? 俗に言う霊媒師、退魔師とも呼ぶ奴らが持つ蒼い霊眼よりも上等なのよ、ソレ。あなたにはまだ使いこなせないかもだけど、コツとしては対象に殺意を向ければ、霊眼が発眼して、集中力を高めればそいつの余命だって分かるし、そいつが死魔か死神かも見ただけで分かるのよ」

「その割には、俺を死魔だと間違えて殺したくせに」

「そ、それは……ごめんなさい」


 うるさいわねーとか、いつまでもねちっこい奴ねーとか、反論してくるかと思ったが、予想外にも素直に謝ってきた。


「あー、もういい。そういうのは別に……。俺の方こそくどかったな、悪い」

「そんなことないわ。本当ならあなたは殺されるはずじゃなかった。罪のない善良な命を奪う行為は死神として赦されないわ」


 女神のくせに深々と再度頭を下げる。


「やめろ、俺の命は重くない。お前が頭を下げるほどの価値もないんだ」

「どうしてそんなこと言うの?」

「だって俺はお前が言うような善良な人間じゃない」

「そうなの?」

「ああ、俺は人を傷つけることでしか心が満たされない人でなしだ。生まれてこの方、ろくでもないことしかやってこなかったし、今さっき俺を好きだと言ってくれた女が死んでも涙の一滴もでない。悲しみよりもナイフを刺した時の感触と高揚感の方が強い。あの夜だってお前が俺を殺していなかったら、たぶん俺が誰かを殺していたと思うから……あの時殺されても良かったんだ」

「でも殺してはいないのでしょう?」

「まあ、人に限ったことだが……」

「そんなことを言ったら自殺、他殺、随喜同業、ほとんどの人間がおびただしい数の殺生に関与しているわ。あなたたち人間社会の中で行われる生き死にのやり取りに私がとやかく言うつもりはないの。私が言いたいのは、私みたいな超自然的な存在があなたたち人間の命を脅かす行為は赦されないってこと。だからあなたの中にあった殺人衝動の腫瘍は超自然的なものとして、私がある程度、抑制させといたからもう悩まなくても大丈夫よ、安心なさい」

「……腫瘍……言っていることがよくわからないんだが」

「とにかく今のところは大丈夫ってことよ」

「そうか、ならいい」


 なら安心だと根拠はないが、こいつの穏やかな顔を見て不思議と腑に落ちた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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