2―17 死神な彼女①
真っ赤な血が染み込んだ地面に残されたのは俺とどんな名前だったか忘れた女の二人だけ。振り向けば、星宮小夜だったモノは血も肉も魂も彼女の胸に還っていた。まるでそこが死んだ者たちの終着点であるかのように。
「お前、一体何なんだよ」
「むっ、失礼しちゃうわ。こんな可愛いレディの名前を忘れるなんて」
自分で自分のこと、かわいいとか言うな。
「い~い? 私の名はヘレナ・シフォンティーヌ。もう二度と言わないからしかと脳に刻み込みなさい」
ああ、そういえばそんな名前だったなってそんなことを訊きたいわけじゃなくてだな。
「違う。そういう意味で訊いたんじゃない。俺を蘇生させたり、この眼やこの刀も、星宮小夜の魂の処理だって、とてもじゃないが人が成せる業じゃない。人の域を超えているお前は人間じゃない」
「今更? そうよ、私は人間じゃない。死を迎える人間を冥府へと導く者。いわゆる死神という奴よ」
どおりでそんなボロボロなローブを身に纏っているわけだ。そして俺を殺した時に携えていた凶器が大鎌だったということも。
「何よ、そんな怖い顔して……」
「だって死神は人間を死に誘い、人間に死ぬ気を起こさせるからそう言われるんだろ」
「違うわ。それは人の命を故意に奪い、死魔に変貌させる悪い方の死神。死神の本来の役割は死にゆく者の魂が現世に彷徨い続け、悪霊化するのを防ぐためよ」
「死神に善いも悪いもあんのかよ」
「さっきまで楽しそうに彼女を殺したあなたには言われたくないけれど、そうね、どちらにしろ、根源的な恐怖である死から逃げれようとする生命にとって死神は怖い存在なんでしょう。……でもそんなに怖いかしら、私のこと?」
いやまあ、俺からしたら俺が好きだった少女と同じ顔をしていて、こいつが死神じゃなかったら誰だってその美しさと人間離れしたスタイルに魅了されるだろう。まあ、本当の悪魔というのは天使みたいに可愛い見た目をしていておっかないんだろうけど。
「別に怖くはない。お前が悪い奴じゃないってことは何となくだが、この一件で分かるから」
「ふーん」
ヘレナはまんざらでもなさそうな笑みを浮かべて、くるりと身体の向きを変えた。俺が殺した虫の死魔であるミクトラン・テク―トリの残骸の方へ向かって歩き出す。吐瀉物みたいなドロドロの黒ずんだ血に塗れた残骸に手を差し伸べるヘレナには申し訳ないが、そんなものをよく素手で触れに行こうと思える。綺麗なものが汚いものへ自ら穢れにいく意味が俺には分からないからだ。
「別に汚くないわよ。だってこの子はただの蝙蝠だもの」
心の声が顔に出ていたか、ヘレナは俺の顔を見て言って指先を差し出した。ヘレナの指先が触れると邪気のような霊力は消滅し、そこには何処にでもいる一匹の蝙蝠が惨たらしく殺された光景だった。そしてその蝙蝠もまた星宮と同じように原子の粒となって霧散した。
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