2―13 そこをどけ
「俺が殺す」
「でも彼女はあなたの想い人なんでしょう? あなたが手にかけなくても私が対処――」
「余計なお世話だ」
「あなた、正気?」
「正気も何もないだろ。俺が好きになった女だ。誰かに殺されるくらいなら俺の手で殺したい。どうせ殺されてしまうのならせめて俺が殺して、最期まで寄り添ってやりたい」
いつしか肉体の支障は解消され、傷の痛みはなくなった。殺す覚悟もできている。弊害があるとすれば俺の上に跨っているこの女ぐらいだろう。
「もういいだろ」
引っ叩いてどかしてやろうかと思ったが、それは流石に気が引けた。何より報復が怖い。ぽんっと肩を叩くくらいの力加減で彼女の頭なり叩けばどいてくれるだろうか。とは言え、とりあえずは口に出して、退いてくれなかったらそうしよう。
「早くどけ。重い」
「むっ。女の子に向かってそんなこと言うなんて、今退こうと思ったけど、もう絶対退いててあげないっ」
ちっ、初手を間違えた。こんなことをしている場合じゃないというのに、この女は……。胸はこんなにでけえのに心の器は小皿並みに小せえ。
「悪かった。重いは余計だったな。ほら、謝ったぞ。どいてくれ」
「全然、心が籠ってないっ。そんなんじゃ許してあげないから」
ああ、面倒くせえ。こんな女に構っている暇なんかないというのに……言葉で分からないのなら力ずくでどうにかしてやろうか。こんな不毛なやり取り、すぐに終わらせてやる。
「いいんだな。本当に退かなくて」
「ふんっ」
そっぽを向いている女の隙を狙って、俺は無防備に空いている脇の下に腕を伸ばした。悟られる前に問答無用で女の脇腹をこちょこちょとくすぐると「きゃっ、ちょっ、何して、ひゃあははははは」女は身体を捩らせる。無駄にでかい乳房が弾むように上下に揺れる。俺のくすぐり攻撃に耐えきれなくなった女は笑い声を上げながら身を揉んだ。
「やめ、あははは、退く、退くから、やめて」
降参の声を上げて身を引こうとする女の細い腰を掴んで、逃げれないようにする。「な、なんで、離してよっ」戸惑いの声を上げる女を無視して、徹底的にくすぐり続ける。一度、痛い目に遭わせて懲らしめておかないとこの女はまた調子に乗ると思ったからだ。
「ごめん。ごめんなさい。もう、あはは、謝ってんじゃんっ! きゃははは」
涙声でのたうち回る女に微かに興奮すると、「いい加減に、んっ、しないと怒るよ、本当にっ!」怖い声でそう言われたので、動く手を止めた。
俺が手を離すと笑い疲れた女は俺の膝から床にぺたんと崩れ臥したまま、ハアハアと苦しそうに息が上がっていた。
「悪かったな。俺もちょっと度が過ぎた」
「……私の方こそ、ごめんなさい」
息も絶え絶えに素直に謝り出すと同時に、銀髪の女は胸の谷間から短剣を取り出し、俺に差し出した。
「これは?」
「退魔の剣よ。倒すには武器が必要でしょう? 私の眷属ならきっと使いこなせるわ」
眷属になった覚えはないが、確かに生身で戦えば、返り討ちに遭うのは否めない。それにこの剣、そこらのナイフとは格が違う。比べるのもおこがましいくらいに。何かを調理するためのモノでもなければ、人を殺すモノでもない。人ではない異質なモノを斬り祓うために存在する刀。どう見てもこの世のものではない代物である。それをこの女は一体どこから出しているんだと言いたくなかったがやめた。今はそんなことを言っている場合ではない。
「ほら早く、行ってあげて」
「ああ」
頷いて十束剣のような拳十個分ほどある長さの短剣を俺は受け取り立ち上がった。助けるために恋焦がれた女を殺す。そこに葛藤はない。いや、ないと言えば嘘になるかもしれないが、そんな葛藤よりも星宮が抱えてきた葛藤の方がずっとずっと大きい。あんな気色の悪いキメラみたいな化け物に殺された挙句、好き勝手に生かされて、大事な親まで殺されて、終いには両親の血も肉も臓器も骨も、髪から手足の爪先まで全部、平らげさせられる。そんな生き地獄に囚われているくらいなら俺が綺麗さっぱり斬り殺してやる。
ああ、でもこれは善くない。
殺してもいい大義名分があるだなんて、本当に。
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