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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
二章 初恋殺しのランデブー
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2―12 星に願いを⑥

「痛っ」


 肩を強く噛まれて、俺の意識は強制的に目の前の女に向かう。女は早く言えっと言いたげな目線を向けてくる。別に教えてくれないんだったらそれでいいのだが、そんなことを言ったらまた強く噛んできそうなので素直に従うことにした。


「あの時はつっぱねて悪かったな。……えーっと、その、なんだ、綺麗な目をしていて、髪もサラサラだな。その、助けてくれて、ありがとう」

「へへ。いいよ、許してあげる」


 自分で言わせておいて、そんな満面の笑みで喜ぶなんてちょろい女だ。適当に褒めとけばどんな男にでも惚れそうな尻軽女だが、機嫌を損ねるようなことをしたらすぐに首が飛びそうでもある。


「で、死魔っていうのが星宮の身体を乗っ取っている奴なのか」

「概ね正しいけれど、死魔って言うのは人を死に追いやる悪霊の総称で、あれは死魔の中でも名を授けられている。その名はミクトラン・テク―トリ。殺した人間の体内に侵入して、宿主を動く死体のように操る。名を与えられた死魔の中では弱い存在だけど、人型ではないから人間に寄生して、見分けがつかないようにしている。ミクトランに殺された人間は寄生された後、脳髄に残っている情報を収集される。それでミクトランは完璧にその人間に模することができるの。一番厄介なのは増えることかな。宿主の胃液を栄養源として繁殖し、個体差はあるものの排便する際に産み落とされる。さらに厄介なのは宿主の人間が女性だった場合、ミクトランは子宮に子種を注ぎ込み、人間に近い姿をした自分を孕ませるの」


 気色の悪い生き物だ。要は質の悪い寄生虫みたいなものか。


「……くそ。あいつ、夏休みに両親を殺されたって言っていたけど、あの時に星宮も殺されていたのか」

「いや、もっと前だよ。あなたと会う前よりも」

「……嘘だ。じゃあ、何だ。俺は本当の星宮を知らないまま、俺が相手していたのは星宮の肉体を宿主として活動していたそいつだったって言うのか」

「そういうことになるわね」


 俺が知っていたあいつは全部、本物の星宮ではない。


「ははは、俺は星宮の中に潜み込む化け物に恋心を抱いていたのか、あははははっ」


 笑うしかなかった。笑ってないと、気が狂いそうだった。俺を気にかけてくれたことも、俺に声をかけてくれたことも、俺に見せてくれたあの笑顔も全部、全部、星宮の意志ではない。俺は本当の星宮を知らない。


「でも、彼女の意志は本物よ。肉体がある限り、魂は生き続けている」

「本物なんかじゃないだろっ。じゃあ、なんで俺を殺そうとした。俺に殺させようとした」

「殺させようと? ならそれが何よりもの証拠よ。殺して入り込むのと殺されて取り込まれるのは結局のところ同じだけど、リスクが高い後者を昆虫並みに臆病なミクトランが選択するとは思えない。彼女は殺されたいほど君のことが好きで、罪を犯した自分自身を殺してほしいんだ。……あの様子だと、ミクトランもその少女の思考を完全に理解することに手間取っているらしい。七情六欲を知ったからと言って、人間を理解したと思い上がったな、ミクトラン」


 つまりは本物であって本物ではないが、偽物であって偽物でもない。


「……待て。罪を犯した自分自身ってどういうことだ?」

「正確には分からないけど、彼女が殺されたのはおそらく五年前。彼女があなたに言った夏休み一家殺害の件はあなたの情を誘うための嘘で、真相は家族も誰も知らないところでミクトランに殺害されている。その後、彼女は肉体を乗っ取られる形で両親を殺した」

「なんで、そんなことが分かるんだよ」

「だって両親を殺した後、彼女が何をしたのか。彼女の血を吸い上げたら分かるもの。あなただって彼女の血を吸ったんでしょ? 本当はもう分かっているんじゃないの?」

「……」

「ちゃんと彼女を見てあげて。真実から目を逸らさないで」


 一番近くで見てきた俺が知っていること。誰にも気づかれず、乗っ取られた肉体に幽閉された魂を鎮めることができるのは誰か。


「……判ってるさ、そんなことは。星宮がそれを願うなら俺が叶えてやる」


 視界を開けば視えるモノがあった。彼女の残滓。彼女の気配。彼女の温もり。彼女が致命的なモノを俺に残してくれたおかげで、彼女が今どこにいるのか、手に取るように分かった。

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