2―10 星に願いを④
どくん、胸が鳴った。だけどそれは衝動とは別の、意識を失った人間を必死に起こそうとするような、そう、誰かが俺の胸骨を圧迫して、心肺を蘇生させようとしていた。
『早く目覚めないと殺されちゃうよ?』
脳に直接、訴えかけてくるような女の声音と骨の髄を駆け巡るような激痛。がぶり、と身体の何処かを噛まれたような痛みで意識が戻る。
「うそ、もう目覚めちゃったの? ……って何この味、異物が混ざり込んで――ぐっ」
無意識に腕を伸ばせば、柔く細い、冷えた女の首があった。カッ、と眼を見開き、害虫に触れてしまった時みたいに女を投げ飛ばした。この女は今まさに俺の喉に、歯で啖いつこうとしていた。
「異物はお前の方だろ。お前は誰だ。星宮をどこに、やった!」
壁際に突き飛ばされた女は絞められた首を触りながらゆらりと立ち上がる。
「どこにもやってないよ。正真正銘、私が星宮小夜だよ」
「嘘をつくな。星宮を返せ」
「星宮を返せって、いつから私はあなたのモノになったのかしら」
だらだらと流れ出る血で俺の右半身はすぐに真っ赤になった。只事ではないほどの出血。よほど人に噛まれたというよりは肉食動物に食われたかのように俺の右肩は嚙み千切られていた。
「なんで俺に、かぶり、ついた?」
「かぶりついたのは夜月くんと一緒になるためだよ。夜月くんだって、私のここ、痛いほど噛んだでしょ?」
女は見えるように白いパジャマからうなじを晒す。赤くなった首筋の痣は俺が星宮につけたキスマーク。
「夜月くんも私と一緒になりたかったんでしょ?」
「違う、俺は……」
ぐらんと天地が反転したかのような眩暈の後、視界が狭窄していく。
「くそ――」
「大丈夫。私の体液が身体に馴染めば、私が中に入り込んでも問題なく適応できるから」
「何を言っていやが――」
次第に呂律が回らなくなり、俺は膝から崩れ落ちた。
「じき判るよ。でもこの娘の身体はもう、不要なものになっちゃうけど、ね?」
星宮の声で明らかに星宮の意志とは違う言葉を漏らす。錯乱する意識の中、あり得ない光景に目を疑った。星宮の脳天から流れ出る血液。長い髪を伝って、点々と白いパジャマに鮮血が付く。にちゃり、と口の中から出てくる黒い光沢の羽。蝙蝠に似通った羽が広がり、彼女の中に棲んでいたモノが現れる。
それは小さな図体にメンフクロウのような黒い大きな単眼と蜘蛛に酷似した歪な口を持つ化け物。
蝙蝠と梟、そして蜘蛛が合わさり合った未知なる生物が星宮の体内から俺の身体に乗り換えようとした時、「■▼■▲■ッ!」その小さな口が何かに威嚇するように歯切りをした。
生物が本能的に畏怖する反応。それが何に怯えているのか知らないが、そいつは逃げ帰るように星宮の口に潜り込み、彼女の身体を持ち出すように部屋から飛び出した。酩酊する意識の狭間で、星宮小夜の奇声がずっとどこまでも聞こえていた。
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