2―9 星に願いを③
「……ここに幸せだけど不幸な女の子がいます。大好きだったお母さんとお父さんを殺されて、運よく生き残った女の子はたくさん悲しんだ後、叔父夫婦の家に引き取られることになりました。女の子は叔父夫婦とはあまり縁がなかったので一緒に生活することに不安を感じましたが、叔父さんも叔母さんもすごく優しくて、二人は仲がとても良かったです。だから女の子も次第に打ち解けることができて、三人でご飯を食べました。三人で買い物に行きました。三人で海に行きました。
けれど、そんな日は長く続きませんでした。ある夜、大事な相談があると、叔父さんが女の子の部屋に入ってきました。何やら叔母さんには言えないことらしく、相談事とは子どもが欲しいのにできなくて困っているんだという、恋人は愚か結婚もしたことがない女の子には相談されてもどうすることもできないことでした。
……ただ愚痴や不満は聞いてあげられるので女の子は言いました。『私にできることだったら何でも言ってください』と。すると、叔父さんは女の子をベッドに押し倒して性的な行為に及びました。そこには普段、温厚な叔父さんからは想像もできないほど、血走った目と強い力で行為に及ぶ男の姿がありました。
女の子は怖くてたじろいでしまいます。この時、助けてって叫べば、悲鳴を上げればよかったのか、分かりませんが、女の子はこの光景を見た叔母さんが何を思うか、不意に考えてしまいました。愛した人が他の女と愚行に及んでいる姿を見れば、二人の関係性が壊れてしまうのは明白です。と同時に、女の子はこうも思いました。『私がいなければきっと二人はこんな困難、乗り越えられたはず。子どもが生まれて幸せな家庭を築くことができたはずだ』と。……そんなことを思うと、女の子は下手に声を上げることができませんでした。
この日を境に、女の子は叔父さんのストレスや性欲の捌け口として扱われました。……そんな爛れた日々を送っていたある日、とうとう叔母さんに叔父さんとの関係性がバレてしまいました。……叔父さんは慌てた様子ですぐに釈明しました。『こいつが私を惑したんだ』と。そんな見え透いた嘘、長い間、一緒にいるのなら見抜けるはずなのに、叔母さんは叔父さんのことを信じたかったのでしょう、女の子の言い分は何一つ聞いてもらえず、叔母さんは感情のままに女の子の髪を引っ張り上げ、子どもが産まれなくなるくらいにお腹を思いっきり何度も何度も蹴りました。
それからというもの、叔父夫婦の仲は悪くなり、その不平不満や苛立ちを気が済むまで女の子にぶつけてくるようになりました。…………だから、女の子は二人を殺害しました」
途中から何を言っているのか、よく分からなかった。思考が追い付かなくて、必然的に啞然となっていた。頭が真っ白になるとはこういうことを言うのかと。
「お前……、は?」
「ふふ、驚いた? 衝撃的だったでしょ。目、覚めたね」
彼女の表情を見る限り、どうやら嘘だったらしい。本当に心臓に悪い。こんな出鱈目な話、真実だと受け止めてしまった俺も俺だが、こいつが大概悪い。
「ふふん、嘘をつく時は少しだけ真実を混ぜるといいんだよ」
得意げに言って笑う星宮だが、こっちは全然笑えない。
「ふざけるなっ、冗談でもそんなこと言うな」
なんで俺は馬鹿みたいに怒っているのか、嘘ならホッとするところなのに腹が立って仕方がなかった。俺の言動を察してか、彼女の顔から笑みは消え、「ごめんなさい」と謝ってきた。
「……夜月くんはやっぱり優しいね」
「別に優しくなんかない。優しかったらあんなことしない。俺はお前が言っていた叔父と同類だよ」
「そんなことないよ。だってあれは私が夜月くんにそう仕向けたんだもん」
「は?」
困惑するような問い返しに星宮の唇は不気味に嘲笑うように歪みだす。
「私が無意識でやっていると思った?」
「……」
次第に彼女の顔がよく分からなくなってくる。どことなく不吉な様子で、でも目の前にいる女は疑いようのない星宮小夜本人であるはずなのに、彼女の中には何か、得体の知れないモノが……生きている。
「でもおかしいなぁ……、今日だってたくさん誘っているのに、あの時私を襲った夜月くんはどこへ行っちゃったのかなぁって寂しかったよ」
その口ぶりはいつもの星宮と変わらないはずなのに、やはりどこか引っかかる違和感のような気味悪さがへばりついて離れない。見つめてくるヘーゼル色の瞳が夜の暗さのせいか、黒く、黒く、怖く、見えた。
「お前、何言って……ふざけてんならまた怒るぞ」
「怒れないよ、だって本当のことだもん。今、話したことだって本当のこと」
「……は?」
「本当はね、私は夜月くんに殺されるのを期待していたんだけど、今の夜月くんには殺意がまったく感じられないから、仕方なく私がやることにしたの」
ベッドの縁に座っていた星宮の姿をした何かがゆったりと腰を上げた。
「だから何を言って……、さっき叔父夫婦はデートだって」
「あー、それは嘘。嘘言ってごめんね。今さっき言ったことが本当のことだから二人とももう死んでる」
「……。う、そだ」
信じられない。信じられるはずがない。それが本当のことなら、いや、あり得ない。あり得ないはずだ。あまりの衝撃に視界がぼやけ始める。ひどい頭痛と眩暈が脳髄を侵食していく。何も考えられなくなる凄まじい浮遊感。この溶けるような突拍子で強烈な眠気は不自然だ。意識が強制的に剥がれ落ちていく。
「ようやく薬が効いてきたみたいだね。……ごめんね、こんな卑怯な手を使って。でもそうしないとうまく■せないから。……おやすみ、夜月くん。私と一緒になろうね」
がくんと椅子から転げ落ちた俺は床に倒れたまま、あまりに重い倦怠感に指の一つも動かせずに眠りに落ちた。
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