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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
二章 初恋殺しのランデブー
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2―7 星に願いを①

「……やめろ」

「どうして?」


 首を傾げながらこちらの様子を窺う彼女の眼が怖く感じた。そうだ、その眼は何かを企んでいる悪い女の眼だからだ。


「俺がいやだと思うことだからだ。……あれは俺がやりたくてやったんじゃない。お前はもっと自分の身体を大切にしろ」

「う~ん、でも大切だからこそ、大切な人に触られたいって思うのは当たり前のことなんじゃないの?」

「……悪いが、その期待には応えられない」


 完全に日は沈んでいた。気分もお互い沈み込んでいたかもしれない。最初は楽しかったデートも終わりが近づくにつれ、しんみりとなる。それはたぶん彼女といた時間が長かったから。これで彼女と会うのが最後になるからだろう。


「星宮……」


 会うのはこれで最後にしよう、と言いかけた時、「ねえ、夜月くん……」先に口を開いたのは星宮の方だった。彼女の視線は俺ではなく、公園に設置された塑像に向いていた。人のカタチ。動物のカタチ。だがどれも欠けていて、どれも錆び付いている。片腕がない像、下半身がない像、首から先がない像に頭だけの像。


「もし私に致命的な何かが欠けていたらどうする?」

「……別にどうもしない。人は生まれつき欠落しているもんだ。それを埋めるために人は行動する。自分の中に欠けているものが何か探して、求めても満たされない欠落した何かに苦悩して……そうやって生きていく」


 その苦悩や満たされないものがあるからこそ、人はそれを埋めようと無意識に行動する。それは人として至極当然のことで、その苦しみが強く、悲しみの渠が深ければ深いほど、空虚さを埋めようとする行動への欲求は高くなる。だが、俺はその欠如の埋め方を誤った。でもその埋め方しか正しく埋まらなくて、でもやってはいけなくて……。


「……星宮は自分に何か欠けているものがあると思うのか?」

「うん、だから夜月くんにお願いしたいことがあるの」


 おそらく口ぶりからしてデートの願いよりもこっちが本命だったのだろう。


「何だよ、お願いって」

「……今夜はずっと傍にいて欲しいの」


 ああ、その顔。ねだる時の彼女の顔はこの上なく美しかった。俺の中にある障害を取り除くことができれば、彼女の可愛らしいおねだりに喜んで応えてやれるが、今の俺にはその願いを叶えることができない。


「約束と違う。デートだけの話だったはずだ」

「……。でも私のデートにはお泊りも含まれる」

「それは度を越している。だって俺たちは付き合っていない」

「じゃあ、正式に私と付き合お?」

「……っ」


 駄目だと言わなくてはならない。これ以上、傍にいたら、危ない気がした。気持ちが狂い出しそうになる。目の前にいるい女を自分勝手な気持ちで汚しそうになる。星宮は俺の服の袖を掴んで、離さない。


「私は夜月くんのこと、好きだよ」

「やめろ……嘘をつくな」

「なんで? 嘘なんかじゃないよ。嘘だったらデートになんか誘わないし、あんなことされても嫌いになんかならないのは夜月くんのこと、好きだからだよ」


 分からない。俺を好きになる理由が分からない。彼女がなぜ俺を好意的に捉えているのか、分からない。分からないことだらけで怖い。分からないのは怖い。彼女が何者なのか分からない。


 分からない? なぜ分からないと思うのか。目の前にいる女は俺が好意を寄せた星宮小夜本人なのに。その本人が俺のことを好きだと言ってくれて、嬉しいはずなのに、どうして俺は嬉しいよりも先にこれ以上、踏み込んではいけないと警鐘を鳴らしているのか。彼女の一言一句が信じられない。


 どくん、心臓の音がしたが、心の奥にある抑制剤のようなストッパーが俺の衝動を抑え込む。


「……お願い、今夜はちょっと一人じゃ乗り越えられそうにないの」


 例の通り魔殺人に両親を殺されて一人孤独になった彼女の寂しさを慰められる人間は他に、誰か彼女を助けられる人間が何処か他に……馬鹿か、俺は、いないから彼女はこうやって俺に助けを求めているんじゃないか。


「……分かった。今夜だけはお前が眠れるまで傍にいてやるから、そんな不安になるようなこと言わないでくれ」

「……、ごめん、ありがとう」


 ゆったりと星宮は立ち上がって、俺の手を握ってくる。結局のところ、彼女が致命的に欠けているものが何なのか、俺がいれば欠けているものが埋まるのならそれは寂しさか、それとも別の何かか、肝心なことは分からずじまいで訊くこともできなかった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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