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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
二章 初恋殺しのランデブー
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2―6 放課後デート③

「何だよ? そんな焦って」

「その、私たちって今、恋人同士なんだよね?」

「まあ、デートなんだからそうなんじゃないのか?」

「じゃあ、じゃあさ、その手についた生クリーム、私に食べさせて」

「……いや、手についたのなんかよりまだ残ってるだろ? あ~んとかなら分からなくもないが、手についたものを食べさせるのはいくら何でも気が引ける」

「……あんなことしたくせに、何を今更ひよってんの?」


 あんなこと。そうだ。可能なことなら忘れたかったあんなこと。忘れてはいけないことだが、忘れたかった。星宮の言葉で鮮明に自身が犯した罪を思い出す。確かにあんなことに比べれば、こんなこと、容易くできるだろう。だけど、怖い。怖いはたぶん、正しい感情だ。その感情は犯した者よりも犯された者の方が強く感じるはずなんだ。それなのに俺といてトラウマにならないのか。そもそもなんでこんな奴に星宮はデートの約束を持ち掛けた? 彼女の真意がよく分からない。


「ねえ、早く……」


 媚びるようにねだる星宮はこの上なく煽情的で、その唇に触れたらどうなるか、駆り立てられる情欲という名の殺意を抑えられるかどうか分からない。

 なんでこんなことをさせる。これがきっかけでまた同じ目に遭わせたとしても……。


「知らないからな……」


 生クリームがついた指を差しだせば、星宮は俺の指を迎え入れるように赤い舌を出した。ぺろりと肉感的な舌が俺の指を舐めずる。ぬらりとした小さな舌は生温かくて、指先についた生クリームを丹念に舐め取っていく。彼女の赤い舌が俺の指を舐める度に白くなっていくのを見て、内側に潜む獣がゆっくりと目覚めようとするのを感じた。どくん、と胸が鳴る。それが完全に目を開ける前に俺は星宮の舌から指を離した。


「もういいだろ、いつまで舐めてんだ」

「ごめん、甘かったからつい」

「っ――」


 水が入ったコップに口をつけて、焚きつけられた情念を抑える。どくんと鳴り止まない胸の高鳴りは水を飲んでしばらくすると落ち着いてきた。と同時に星宮も全部食べ終えたようだ。


「ご馳走さまでした」


 手を合わせて礼を言うと、お腹をさする。流石にお腹一杯らしく、とはいえ、プリン・ア・ラ・モード一つで長居するのも申し訳ないので、程なくして席を立った。



 店を出るともう日は沈みかけていた。後ろを歩く星宮は若干、前かがみになりながらゆっくりと歩いている。


「おい、大丈夫かよ」

「……うん、ちょっとどこかで休憩したい。お腹、ぱんぱん」

「分かった」


 街から少し離れたところにある公園のベンチに腰を下ろす。公園の中心には噴水があって、それを取り囲むように様々な塑像が設置されている。普通とはどこか違う不思議な公園には俺と星宮、二人だけだ。おそらく例の通り魔殺人のせいだろう、夕方になると人通りは一段と少なくなっていた。


「……大丈夫か?」

「うん、少し歩いたから少しだけ楽になった」

「そうか」


 公園に置かれた時計の時刻は午後六時を過ぎていた。秋夜の風が微かに吹いて、噴水から噴き上がる水の音が沈黙の間を埋める。


「星宮……もう気は済んだか? そろそろデートも幕引きだろ」

「……でもまだ夜はこれからだよ。夜ご飯だってまだ食べてない」

「食べなくてもお前はもう満腹だろ」

「でも夜月くんはまだまともな食事をしていない」


 俯きながら座っていた星宮が顔を上げる。ふわふわの前髪から覗かせるはしばみ色の双眸。瞳孔だけが俺を捉えるように横に動かした。


「夜月くんの心は満たされている?」

「……それはどういう意味だ?」

「その意味は自分が一番よく分かっているんじゃないの?」

「……いや、分からない」

「そう……」


 残念そうに星宮は視線を落として、呟くように言う。


「じゃあ、訴えかけてあげる」


 何をするのか。これから彼女が何をしようとしているのか、馬鹿な女がやることは俺を粗末にさせる愚かな行為の再現だった。


 無言で襟元の赤いリボンを取ると彼女はセーラー服についたボタンを外していく。白い首筋には俺の鋭い歯が彼女の柔肌を嚙みきった痕がある。どくんと、掻き立てられる。これじゃあ、まるで吸血鬼じゃないか。血なんか欲しくない。欲しいのは目の前にいる女であって、決してそんなものが欲しいんじゃない。でも、その血だって、口から出る涎だって、汗だって、全部彼女のものだ。貰えるものなら貰っても決して損じゃない。


「大丈夫だよ。今ここには誰もいない。茂みだってあるし、ベンチで座っていれば誰も気づかない」


 真っ白なか細い肩を差し出して、俺に食べさせようとする星宮の思考はまともじゃない。そもそもこいつはまともじゃない。初めからこうされたくて俺をデートに誘ったのか、それとも夜の雰囲気に呑まれて、血迷ったのか。


「なんで俺にまた同じようなことをさせようとする? 試しているのならそんな馬鹿なことはやめろ」

「試してなんかないよ。私は本気だよ。あの時、確かに怖かったけど、それ以上に嬉しかったの。誰にも見せられないものを私だけに見せてくれたみたいで……あんな強い刺激、生まれて初めてだったから……言ったよね、夜月くんになら殺されてもいいって」

「……」


 今の発言は決して軽々しく言ったものではないんだろう。でもそれだったらやはりこいつは正気ではない。正気ではないからこそ、俺は冷静でいられるのか。激しく突き動かす衝動が内から溢れ出すことはない。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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