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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
二章 初恋殺しのランデブー
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2―4 放課後デート①

 土曜日、朝。カーテン越しに朝の光を感じて、急に眠気が襲ってきた。眠い。眠い。眠い。五分だけ眠ようと思って、瞼を閉じる。

 ――と、コンコンコン。

 部屋のドアを叩く音がして目を覚ました。


「琉倭さま、朝ですよ。起きてくださいませ」

「……起きてる。だけどもう少し……、あと五分だけ……」

「だめです。もう七時を過ぎています。朝食を食べる時間がなくなってしまいますよ」

「ならいらない。今眠いんだ」

「そんな我が儘は通じません。朝しっかり食べないと、日中、体力が持ちませんよ」

「はぁ、相変わらず融通が利かないメイドだな」

「何かおっしゃいましたか?」

「いや、何も」


 ベッドに横たわっていた身体を起こして、制服に着替える。おそらく学ランの袖に腕を通すのはこれで最後になるだろう。今日は午前で授業が終わる。その後は星宮小夜とデートすることになっている。昨晩にそのことを七羅に伝えておくべきだったが、帰らなかった理由を説得することに手一杯で言い忘れていた。


「……七羅、言い忘れていたけど、今日、彼女とデートするから帰りは遅くなる」

「かしこまりました。デートですね、ってデート、今デートとおっしゃいましたか?」

「ああ」


 身支度を整えた俺は部屋のドアを開けた。目の前には驚いて目を瞬かせている七羅がいる。


「何を呆けた顔してる。七羅こそ睡眠時間が足りてないんじゃないか?」

「それを言うなら琉倭さまでしょう。そんな眠そうな顔して、さぞかしドキドキして眠れなかったのでしょうね」

「……そうかもしれないな」

「これまた驚きました。やけに素直ですね。彼女さんのおかげでしょうか」


 うるさいメイドは置いといて、俺はそのまま食堂へ直行した。食堂には一足先に沙月が食事を摂っていた。


「おはよう、沙月。昨日はよく眠れたか?」

「うん。それはもうぐっすりと」


 見た限り、昨日に比べて顔色は良くなっていて、元気そうだった。


「それは良かった」

「それよりもお兄さま、何かおめでたいことでもあったの?」

「おめでたいこと?」


 食卓にはいつもの白米ではなく赤飯がお椀に盛られていた。ちっ、あのメイド。余計なことをしやがって。


「どうだろうな。そんなに深い意味はないんじゃないか?」

「でも、七羅に訊ねたらお兄さまに良いことがあったって」


 じろりと後ろに立つ七羅を睨み付ける。彼女は知らんぷりな顔して給仕係として厨房へと姿を消した。


「特段、何もないよ」

「なーんだ、彼女でもできたのかと思っちゃった」


 安堵したように、いやなんで安堵したような顔をするのか、よく分からないが、先に食事を済ませた沙月に向かい合うようにして俺は席につく。


「じゃあ、もし俺に彼女ができたら沙月はどうする?」

「う~ん、そうですね。お兄さまの女にふさわしいお方かどうか、私が直々に見定めさせてもらいます」

「それはいやだな」

「……冗談ですよ、お兄さまがどんな子を好きになるのか、妹のわたしにも見当がつかないもん。だからお兄さまを虜にさせられる女の子がいるならそれはたぶんすごい人だと思う」


 すごい人か。確かに色んな意味ですごいかもしれない。あれほど突き放しても食い下がることなく執拗に接してくる人間を俺は見たことがない。俺だけに馬鹿みたいな笑顔を向けて、男子からモテそうな顔しているのに、こんな趣味の悪い男と関わらない方がいいって言ったら、私の気持ちを勝手に決めないでって言うような確かな基軸を持った人間である。

 だがそんな彼女とも今日でお別れだ。

 食事を手短に済ませた俺は玄関の扉を開けた。


「いってらっしゃいませ、琉倭さま。放課後デート、楽しんでいらしてください」

「七羅、このことはくれぐれも他言無用で。沙月には適当な理由をつけて誤魔化しといてくれ」

「別に誤魔化さなくてもいいではありませんか」

「駄目だ。沙月は次期当主としての振る舞いが求められているのに、俺だけこんなこと……」

「そんなこと沙月さまは何とも思いませんよ」

「それでも、沙月には言わないでくれ。これで何もかも終わりにするから」

「何もかも……琉倭さま、何を考えているのですか」

「別に大したことじゃないよ。じゃあ、行ってくる」


 七羅に背を向けてひらひらと手を振って立ち去る俺に、「お待ちください、琉倭さまっ!」七羅は懸命に呼び止めようとする。


「何だよ。切羽詰まったような声出して」

「琉倭さまが何を考えておられるのか、私にはわかりかねるのです。……本日は本当にデートなのですか? どこか遠くへ行かれてしまいそうな気がして私は心配になります」

「……心配って、大袈裟だな。……俺は大丈夫だよ」

「なら私の眼を見て、ちゃんとおっしゃってください」

「やだよ、恥ずかしい」


 何を今更、そんな風に心配になって、心配になる理由が分からない。風の知らせか、さっきまでおめでたいことだって赤飯を用意していた奴がなんで一番不安そうに引き留める。俺は後ろ目で一瞥する。七羅の翠の左眼が見えた。なんて顔してんだ。これじゃあ、出歩く側が心配になって出掛けることもできない。


「主が大丈夫だって言ってるんだ。従者なら主の言葉を信じて、その帰りを待っていろ」

「……はい。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」


 そんなしおらしい態度でいられるとこっちとしても反応に困る。別に謝ってほしいとかそういうんじゃなくて単に俺のことを信じて……って信じられるわけないか。


「…………俺の方こそ悪かったな。普段なら冷静沈着なお前がこんな風に取り乱すんだから、俺の普段の行いが良くないんだ。……でもそれも今日で終わりにするから。明日からはちゃんとするから」


 結局、七羅の顔を見ることはできず、俺は一人歩き出した。七羅が俺の従者として働くことになって五年になる。いつも俺の傍にいて、事あるごとに迷惑をかけてきた女性だ。今となってはよく笑うようになったが、初めて顔を合わせた時は無口で無愛想で、はっきり言って従者には不向きだと思った。だけど、あの時、何があって彼女は笑ってくれたのか。何か嬉しいことがあって笑ったんだろうけど、その理由は遠い昔のことで俺にはもう思い出せない。けど、鉄の仮面みたいに表情を崩さなかった彼女が不意に見せた笑顔は俺の記憶にとても色濃く残っている。

 笑顔。そうだ、大切な人には笑っていてほしいんだ。笑っている奴を見て、そいつを故意に悲しませたいだなんて犬畜生にも劣るようなこと、他人を大切に思えるなら抱くわけがない。


「俺は……落ち込んでいるあいつを元気づかせたい。……ただそれだけだ」


 でもどうやったらあいつを笑顔にさせられるか、分からない。他人を笑顔にした覚えはあるが、笑顔にした方法が分からないから不安なのか。だけど、いつも通りの素っ気ない感じで付き合えば、彼女を笑顔にすることができないことは分かっている。

 登校中、どうしたら笑顔にできるか、ずっと考えていたが、人間として何かが欠けている奴がどんなに思考を巡らせたところで分かるはずもなく、いつも通り平常運転で行くことにした。



「おはよー、夜月くん」

「……ん」


 背中越しに挨拶されて、いつも通り素っ気ない返しをすれば背中をツンツン指先で突かれた。


「何だよ」

「昨日した約束、ちゃんと覚えてる?」


 耳元で囁くな。ちゃんとしっかり覚えているから。


「……放課後、デートするんだろ」

「うんっ!」


 元気いっぱい無邪気な子どもみたいな返事をして星宮は笑った。


「なんでそんなに嬉しそうなんだ?」

「え、そんなのデートが楽しみだからだよ」


 当たり前な返答だが、引っかかる。


「俺なんかとデートしても楽しくないと思うぞ」

「なんでそんなこと言うの。私は夜月くんとずっと前からしたかったの」

「……そうか」

「夜月くんは私とのデート、楽しみ?」

「楽しみになんか……」


 していない、なんてそんなこと言ったら、星宮はどんな顔をするのか。元気になってほしい心情とは裏腹な言葉を返して残念そうにさせるなら嬉しそうに笑っていてほしい。


「……してる」

「え、どっち。ねえ、どっち? ねえねえ、どっちなの?」


 ああ、うざい。うるさい。しつこい。かわいい。


「だから楽しみにしてるって言ってるだろ」

「本当っ!? 私とデートしたかったの?」

「ああ、もうっ、うるさいな。しつこい女は嫌われるぞ」

「ごめん、嬉しくてつい。えへへ」


 興奮冷めやらぬ感じで隣の席に腰を下ろした星宮は上機嫌で鼻歌を交える。授業中もどこか上の空で先生の話など何も聞いていなくて、時計の針ばかりを見ていた。そんな彼女の様子を目で追っている俺もまた勉強どころではなかった。

 四時限目の授業が終わり、放課後の校舎は退屈な授業から解放された生徒で賑わっている。その中を星宮は強引に俺の腕を引っ張ったまま走っている。


「ちょ、おい、いくらなんでも飛ばし過ぎだろ。落ち着けって」


 俺の言葉がようやく耳に入ったのか、昇降口で立ち止まると俺の腕を離した。


「だって時間がもったいないじゃん。さ、行こ。何処か行きたいところある?」

「別にないよ。お前が誘ったんだろ、何処に行くかはお前に任せるよ」

「分かった。じゃあとりあえず街の方に行こう」


 言って、ローファーに履き替えると、星宮は再びこちらの腕を掴んで歩き出した。特に俺はその腕を振り払うことはしなかった。今日はデートであり、恋人なら手をつなぐことはごく普通のことであり、先導する彼女が満足するまで今日はとことん付き合うつもりだからだ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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