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幽暗奇譚――死神遣いのノクターン――  作者: たけのこ
七章 恩讐のアォフヴァヘン
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インタールード① 白光の墜落

 時刻は夜の10時。


 都内公立高校の旧校舎では、刀童一夜が施した還魂破邪呪縛印かんこんじゃきじゅばくいんの結界が、いまだ軋むような霊圧を放ち続けていた。


 封印から34時間――状況は一切動かない。


 周辺では、夜間に備えて数名の霊媒師が警戒を張り巡らせている。


 だが官寺の霊媒師たち――というより国の方針は、現時刻をもって現状維持へと切り替わった。


 夜になったことで迂闊に出るのは危険だと、事態が緩やかに収束することを期待しているらしいが、八尋星奈が不在の今、官寺側には有効な手がない。そう見切った一夜はやむを得ず美鈴にシャーデンフロイデ討伐を促すほかなかった。


 彼女が到着するまでの間、一夜は闇に沈む校庭で静かに思考を巡らせる。


 官寺の霊媒師たちがここまで慎重になっている理由は、昼間に起きた出来事が起因している。旧校舎に入った二名の霊媒師がそのまま消息を絶ったのだ。


 だが一夜にとってそれは粗末な問題だった。


 彼の懸念は別にある。

 還魂破邪呪縛印は言わば道連れの結界。術者本人に何かあれば、対象の魂を問答無用で吸い取り、消滅させる。過去の例からしてこの呪縛符が織りなす結界から抜け出した者はいない。シャーデンフロイデに残された手段は、自身の霊能力で術師を殺すか、大人しく祓われるのを待つかの二択だが、いずれにせよ自滅という帰結に変わりはない。


 もちろん、一夜は還魂破邪呪縛印によるリスクを織り込み済みだった。


 代償の分配化である。


 呪縛符には一夜だけでなく、刀童美鈴を含めた歴代当主の血が複雑に織り交ぜられており、さらに刀童家の家宝――『おい』に肩代わりさせている。


 故に最も重い代償である死は、受け皿の数だけ薄まる。


 リスクヘッジに不備はない。

 シャーデンフロイデの霊力も少しずつだが、弱まっている。あと数時間――夜が明ければ、結界術によって自然消滅させることもできるだろう。それなのにどうして奴は何も抵抗してこないのか、一夜の思考はそこに行き着いていた。


 ふと、結界が軋む。


 まるで旧校舎そのものが息を潜めたかのように、霊圧の波が一瞬だけ凪いだ。


 刀童一夜は目を細める。


 ――動いたか。


 だが、結界の内側からは何の反応もない。まるで結界の内側で、何かを待っているかのように、霊力の波形が一定のまま揺らぎもしない。

 シャーデンフロイデの霊力は依然として濃く、しかし揺れない。

 まるでそこに固定されているかのように、位置も質も変化がない。


「……」


 一夜は霊眼で微細な霊脈の流れを読む。


 還魂破邪呪縛印は、対象の魂に寄り添うように絡みつき、逃げ場を奪う結界だ。本来なら、対象が抵抗すればするほど、結界は軋み、霊圧は乱れる。


 だが――乱れがない。


「違う、異常をきたしているのは、結界のほ――」


 結界の異変に気付いた一夜が旧校舎に目をやった時、絶句した。


「あれは、何だ?」


 旧校舎上空五百メートル付近に、正体不明の隕石デブリが突如として現れた。

 ミサイルにも似た飛翔体は大きさにして半径三メートルに及ぶ。その塊が、毎秒六十メートル前後の速度で垂直落下している。


 目を凝らす。

 それが何なのか、すぐに分かった。

 あろうことか――ひび割れた卵のように壊れた、誰かの■■■だった。


「ヒトの頭蓋――だと」


 認識した時にはもう遅い。空気が震える。地面の砂粒が跳ねる。窓ガラスが低く唸りを上げる。熱が校舎の外壁を舐めている。封印の結界が軋み、古い木材が悲鳴を上げた。


 ――間に合わない。


 シャーデンフロイデが封じられた旧校舎ごと、すべてを呑み込もうとする落下の熱が、まるで意思を持つかのように膨れ上がっていく。


 その瞬間、空気が裏返ったような音を上げ、すべてを破壊尽くす頭蓋の隕石が真下へと突き刺さる。


 轟音が世界を白く塗りつぶした。

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