7―5 白昼デート④
喫茶店から出た俺たちはありきたりなデートをした。まずは映画館へ行った。ファンタジーやホラー、色んなジャンルがある中でヘレナは恋愛映画をチョイスした。
でも選んだ本人は終始、映画の内容には無関心でポップコーンの味と感触に夢中だった。上映中にポップコーンを買いに行った時は驚いた。こいつは映画に行く意味を履き違えるがの如くポップコーンを貪りつくした。そんな彼女も終盤のラブシーンには食べる手を止めて、興味津々にスクリーンを見つめていた。
ゲーセンにも行った。
クレーンゲームの前に立ったヘレナは、映画のときとは打って変わって真剣そのものだった。獲物を狙う猛禽のような目つきでアームの動きを追い、失敗するたびに小さく唸り声をあげる。
「うぅ~、琉倭お金ちょーだい」
「しょうがない奴……」
ポップコーンの次はぬいぐるみかよ、と呆れつつも、その必死さが妙に可笑しくて、俺はしばらく黙って見守ることにした。
「このクマ、絶対に連れて帰るわ」
さっきまでポップコーンを頬張っていた同一人物とは思えない。アームが下降するたびに、彼女の肩も連動して沈み、掴み損ねるたびに眉間に皺が寄る。
だが三度目の挑戦で、アームが奇跡的にぬいぐるみの耳を引っ掛けた。ヘレナは息を呑み、俺も思わず前のめりになる。アームが揺れながらも景品口へと運んでいくと、ヘレナは両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
落ちた。
ぬいぐるみが景品口に転がり落ちた瞬間、ヘレナは小さく跳ねるように喜び、俺の方を振り返った。勝ち誇った笑みというより、どこか幼い達成感に満ちた顔だった。
「良かったな」
「ええ!」
「そろそろ出よう。腹減ったろ」
「あら、もうそんな時間」
外に出れば、陽は沈んでいて、俺たちは適当にレストランに入った。
夕食どきのざわめきが、店の奥からゆるやかに流れてくる。テーブルに案内されると、ヘレナは戦利品のクマを膝に乗せたまま、まだ少し頬を上気させている。まるでさっきの勝利の余韻を抱きしめているみたいだった。
「そんなに気に入ったのか」
「だって……可愛いもの。ほら、見なさいよ、この耳」
彼女は得意げにぬいぐるみの耳をつまんで揺らす。柔らかく揺れるそれを見ていると、さっきのクレーンゲームでの真剣な表情が嘘みたいだった。
メニューを開きながら、俺は問いかける。
「何食べたい?」
「うーん……琉倭と一緒だったらなんでもいいわよ」
さらりと言うものだから、俺は一瞬返事に詰まった。
「じゃあ、適当に頼むぞ」
「ええ、任せるわ」
料理が運ばれてくるまでの間、ヘレナは窓の外を眺めていた。街灯が灯り、通りを歩く人々の影が伸びたり縮んだりしている。
「ヘレナ、人間のデートはどうだった? お気に召したか?」
「ええ。これ以上ないくらいに琉倭とのデートは楽しかったわ」
「……そうか。なら良かったよ」
料理が運ばれてきて、ふわりと湯気が立ちのぼる。
その香りに誘われるように、俺は箸を手に取ったが、ヘレナはまだ窓の外を眺めていた。街灯の光が彼女の横顔を縁取って、どこか現実離れした雰囲気をまとわせている。
「……琉倭」
名前を呼ばれ、顔を向けると、ヘレナはさっきまでの無邪気な笑みとは違う、静かな眼差しを向けていた。
その瞳は、まるで深い湖の底に沈む光のように、どこか吸い込まれそうな気配を帯びている。
「今日はね、本当にとても楽しかったの。だから……」
彼女は言葉を区切り、膝の上のクマをそっと撫でた。
「あなたはたぶん怒ると思うけど、ちょっと少しだけ、休んでてほしいの」
「……休んでてほしい?」
問い返すより早く、ヘレナの指先が俺の手の甲に触れた。その瞬間、温かいはずの指先が、なぜかひんやりとした感触を残す。
「大丈夫。怖くないわ。ほんの少し、眠るだけ」
囁くような声が、耳の奥に直接流れ込んでくる。店内のざわめきが遠ざかり、視界の輪郭がゆっくりと溶けていく。
「ヘレナ……?」
「ごめんね、琉倭。私の直感からして急転直下は夜明け前だから――次の夜明けが来る前まであなたは――」
言葉の続きを聞く前に、意識がふっと落ちた。まるで深い水の底へ沈んでいくように、静かで、抗いようのない眠気が全身を包み込む。
最後に見えたのは、クマを抱えたまま、どこか慈しむように微笑むヘレナの姿だった。




