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フィナーレ

『デリシア』は、いつも前髪で額をかくしていた。

 髪の色はくすんでおり、少しくせっ毛ーーそんな前髪は、額とともに気弱な内面まで隠してくれていた。

 ーーしかし、ある時に前髪を上げて額を出した。イメージしたのは母と姉。


(ーー強くなりたい)


 ただ、そう願って勇気を出した。


 ◇◆◇


 ーーたっぷりと時間をかけ、ようやく私は再起動した。


「……デリシア」

「……はい」


 私の名を呼んでくるアレン殿下に、私はか細い声で応じる。

 アレン殿下は、私を待っていてくれていた。

 そして再度、ゆっくりと、私に求婚してくれた。

 ーー断ってくれても良い、伯爵家に不利益なこともない、などを約束しつつ。


(……うう、なにも考えられない)


 私はすぐに反応できない。

 これでも貴族の娘だ。上位貴族から婚姻の話があれば、基本断らない。しかも王族からの話なんて、考える余地などない。



「……ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんだろうか」

「何故、私なのでしょうか……?」

「ーーそれは『ハムハム』になったから、かな」

「ハムハムに……」

「そう。貴女を間近で見ることができた。貴女の意思の強さや優しさを知ることができた。そんな貴女と並び立ちたい、そう思ったんだ」

「…………」


 私には、返す言葉が無かった。

 聞いた自分が恥ずかしい。だって、私はそうと知らず、アレン殿下にあんなことや、あんなこと(?)をぉぉ……。


「少し…………考える時間をいただいても…………?」


 私は、小さい声で伝えた。

 それから、勇気を出してアレン殿下を見つめた。


「……わかった。待つよ」


 アレン殿下は笑顔を浮かべた。

 そしてなんだか、肩の力が抜けたようになった。アレン殿下も緊張してたの、かな。

 それが可笑しくて、私はつい笑ってしまった。

 アレン殿下と見合い、互いに笑顔を見せ合う。もっとも、私は目を見たままでいられず、つい顔を伏せてしまうーー。

 実質的には初対面なはずなのに、話も急展開でついていけないはずなのに……。

 もう、半分は気持ちが固まっている。

 浅ましいーー

 ずるいーー

 無責任ーー

 そんなこと……考えられない。



 私の人格は、日本の記憶がある。恋愛をしてーー、やがて結ばれてーー、なんて淡い道筋しか想像できないのに、この世界は大きく違う。戸惑ってしまう。

 でも、アレン殿下ならば……。


「……」


 もしかして、ハムハムとして一緒に過ごしてた期間があるから、接しやすいのかも……。


 ……ん?

 んんん?

 んんん???


 ……ふと気がつくが、アレン殿下が魔法(薬?)でハムハムになっていたんだから……。ハムハムは私の部屋のカゴの中にいた。これまでの行動を思うと、着替えや寝顔を見られたり、独り言を聞かれたり……、あ、服の中にも入られてた。


「あう…………」


 私がアレン殿下を見ながら口をパクパクさせてしまうと、アレン殿下も不思議そうにこちらを見る。


「服の中に……」

「ふく?」


 思わず私は呟いてしまい、アレン殿下は『なんのこと?』とばかりに首を傾げる。

 ……やがて思い当たったのか、目の焦点を消して私から目を反らした。


「それは無かったことにしてほしいかな……」

「……はい! 無かったことにしましょう!」


 アレン殿下の言葉に、私は勢いよく同意する。

 なんとも締まらない話だが『王子が令嬢のドレスに潜り込んでいた』なんて構図はシュール過ぎる。



 ーーその後、アレン殿下と話をした。

 第二王子が主催した舞踏会に、私が勇気を出して参加したことーー。

 後日のお茶会では、理不尽な要求に毅然な態度(ダンスしただけ?)を取ったことーー。

 召喚状に立ち向かったことーー。

 私がしてきたことを、褒めてくれた。

 ーーちなみに、アレン殿下の話でビックリしたことがある。それは舞踏会前の控室での話だった。

 あの舞踏会までは、私は前髪を必ず下ろしていた。その髪型が好きだったわけじゃない。ただ単純に、内気な自分が『自分を』隠すために無意識にしていたことだ……。

 それを舞踏会に臨む際、自らを鼓舞するために前髪を上げる選択をしたーー。


「デリシアの立ち向かう気持ちが出ていたと思う。私は、その姿に勇気をもらったよ」


 アレン殿下はそう言った。

 改めて、私は自覚する。


(あの時から、変われたんだーー)


 そう、気付かせてもらえた。



 ーーしかし、今日は激動の一日である。未だに浮ついたようになっていて、いまいち整理ができていない。

 ーー伯爵家の命運をかけ、王宮に乗り込んできたと思ったら第二王子の『立太子の儀』に鉢合わせた。

 そこで伯爵家に対する処遇を言い渡されるも、お母様とお姉様が乱入する。

 更には、アレン殿下と国王も登場した。

 私はシンデレラと対決し、そこで『魔女』のことを知った。

 ーー私の中の『魔女』のことやシンデレラの『魔女』が衝撃だった。私は責任を取って死ぬことも考えた。軽々しく辿り着いたものではなく、様々な要因が重なった結果で、私ひとりの力ではない。お母様やお姉様、そして『デリシア』の力でもあるし、アレン殿下や国王陛下の力添えのおかげでもある。


(私は、私の中の『魔女』と『デリシア』と向き合わなければならない。ただ、それには時間がかかる。向き合うための心の強さも必要だ。私ひとりでは難しいかもしれない……)


 けれども。

 私はアレン殿下を上目づかい見る。アレン殿下は『そろそろ風が冷たくなってきた』と私を室内へ誘う。手が差し出された。私は『はい』と短く応じ、アレン殿下の手に自分の手を添えた。

 先程も感じたが、アレン殿下の体温は高い。それは、周りの人を暖かくするものだろう。私は、その体温に力づけられる思いがした。そして、アレン殿下を支えたいと思った。

 アレン殿下と一緒ならば、私は向き合えるような気がするーー。


 ◇◆◇


 物語のヒロインであるシンデレラは、深夜に魔法が解けて元の姿に戻った。

 物語のヒロインじゃない私は、王子様のキスで魔法が解け、新しい私になった。

 ーーのかもしれない。


 ◇◆◇


【ガラスの靴とボロを纏ったお姫さま】


『ボロボロの服しか着せてもらえないレイラは、王宮のダンスパーティーに憧れていました。

 でも、意地悪な継母と義姉たちがそれを許しません。

 ダンスパーティーのその日、レイラに奇跡が起きました。

 お友だちのハムスターが喋りだしたのです。

《僕は本当は魔法使いなんだ。レイラ、心優しい人。君を王宮のダンスパーティーに行かせてあげるよ》

 するとどうでしょう! レイラは、純白の綺麗なドレス姿になり、王宮のダンスパーティーに行くことができたのです。

 王宮では、意地悪な義姉にたぶらかされた王子様が義姉とダンスの真っ最中ーー。レイラは勇気を出して王子様にダンスを申し込みました。

 王子様は、瞳の綺麗なレイラに一目惚れをして、二人は将来を誓い合いました。

 その時、深夜0時を告げる鐘が鳴り始めました……。

 この鐘が鳴り終わると、レイラにかかった魔法が解けて、元のボロを纏った姿に戻ってしまうのです。

 レイラは引き止めてくる王子様に挨拶をし、王宮の外に駆け出しました。

 ただ、魔法で出されたガラスの靴はそのままで、レイラは急いでいたので脱げてしまい、王宮に残されました。

 王子様はガラスの靴を手がかりにレイラを探し当て、レイラと幸せに暮らしました。

 なお、レイラをいじめた継母と義姉たちはレイラに泣いて謝ったので、許してもらいました。

 めでたしめでたし』



「あんたねえ……」


 私は、思わず呆れた声を出す。

 私が手にしている絵本を読み、あまりの内容に呆れたのだーー。


「な、なによ! 本の中くらい、良いじゃない!」


 抗議してくるのはシンデレラ。

 絵本を書いた張本人である。



 ーー早いもので、例の事件あってからもう一年が過ぎた。

 シンデレラはなんと、絵本作家になった。もともと妄想癖……もとい、想像力が逞しく、物語が湧いてくるらしい。

 なお、伯爵家に出戻り(?)している。



 ーーちなみに、お母様はあちこちの国を飛び回っている。各国の王都に屋敷を構え、年単位で経済を回していた。なお、シュッとした貴婦人になっていたのに、リバウンドした。お母様曰く『ストレスでつい食べちゃうのよぉ』とのこと。

 お姉様はイリタ王国へ嫁いだ。大々的に行われた婚姻の儀式には私も興奮した。猫かぶりの(?)二人には、思わず微妙な笑顔を向けてしまったが、まあ良いだろう。

 さて、それから第二王子の話になるが、彼は目出度くシンデレラと婚約した。正気を取り戻した(?)彼が、シンデレラと一緒になることを熱望したからだ。二人の結婚は、第二王子がロワール伯爵家を継ぐことを条件に認められた。

 ーーただ、二人の間に子供ができたならば、その子供は侯爵に内定している。



 ……あと、私は王宮の中で準備にいそしんでいる。

 なんの準備かと言うと、王太子であるアレン殿下と婚約したため、婚姻の準備である。

 ーーあの後、あれよあれよと言う間に、私はアレン殿下と婚約の運びとなった。人生、何が起こるかわからないもんだ。

 シンデレラの書いた『絵本』は許されないが、例の件では私もシンデレラも許された。

 全てがハッピー・エンドに向かっているようであるが、私にはひとつ大事な義務が生じていると思う。


(それは、生きて確かめること。私が、幸せな『デリシア』になっていいのか、ということを)


 そして、こんな私が幸せになって良いのならばーー

 私は、すべての人に言いたいーー



 あなたは幸せになっていいのだ、と。



           ー了ー



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