乙女の額
「貴女も、貴女の中の『魔女』も、もう魔法はかかっていない。あとは、自分で前を向いてほしい」
アレン殿下が、私の両肩に手を添えたまま語りかけてくる。
「……」
それ、それより……、わた、私の額にアレン殿下がキスを??
「貴女は私の……、ハムハムの魔法を解いてくれた。貴女は私を救ってくれたのだ。今度は、私が貴女を救いたい。ーーもう一度言うが、もう貴女には魔法はかかっていない」
ハムハム……!?
そうだった、あのハムハムは、アレン殿下だった??
そんなことがある?! 私が魔術を解いた?!
(あー! それって、私がハムハムの額にキスしたから?! それで魔法が解けた?!)
私は愕然となる。
そんなことがあるのだろうか?! でも、目の前にはアレン殿下がいて……。外国に遊学行ってて、帰りたくなくて『魔女』の口車に乗った?! リスになる『魔法』でリスになったけど、私の『魔術を無効化する能力(?)』で人間に戻れた? それって、額にキス??
さっきの、額に柔らかいものが当たった感触って、アレン殿下の唇!? しかも、二回目もされた!?
(……でも、例え魔法が解けたとしても『呪い』は残る。私は、元の人格である『デリシア』を押し退けた。別な『誰か』なんだ……)
私は冷静になり、浮ついた心を鎮める。
最初から、私には『魔法』などかかっていない。私は『デリシア』なんかじゃない。
私にかかっているのは『呪い』なんだ!
「…………!?」
ふと、見つめ続けてくるアレン殿下と目が合う。自然と頬が赤らみ、体温が上昇してしまうのがわかる。
(額にキ、キスとか……、子供じゃあるまいし……)
意識してしまう。
(あ、私がハムハムーーアレン殿下にしたことか……。ん、私からアレン殿下にキスをした!?)
でも、それって不可抗力じゃない?!
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃないのに。
私は、気を取り直し、声を絞り出す。
「ーー私は『デリシア』ではありません」
私は口を開く。
この場では、言わなければならないことを伝える。
「確かに私は『魔女』ではありませんが、先程話したとおり、本来の『デリシア』ではないのです。私はもともと存在すべき人間ではないのです」
もう一度勇気を出してアレン殿下の目を見る。
ややあって、私は目を伏せる。アレン殿下の、ハムハムのような、それでいて深みがある……全てを見通すような瞳がつらいのだ。
(だいたい、乙女の額にキスってなに?! アレン殿下でも気安いんじゃない?! ……あ、でも私からしたことのお返しになる……の??)
考えが複雑なものが混じって、真剣な思考がまとまらない。
「貴女は『魔女』ではない。だが、別な『誰か』である、と」
アレン殿下が穏やかな声を出す。
「ーーはい」
「では、本来の『デリシア』は、どこへ?」
「……わかりません。私が『デリシア』になることにより、本来の『デリシア』は消えてしまったのでしょう」
「貴女は今『わからない』と言った」
「はい、わかりません」
「で、あるのならば、貴女が本来の『デリシア』なのだろう」
「……っ?! いえ、そのような……」
「そう、そのようなことは『わからない』のだ。貴女にも……」
「え……、いえ、私は……」
「貴女は『デリシア』を消してしまったのかも知れない。しかし、貴女が『デリシア』を守ったのかもしれない」
「守った? 私が『デリシア』を?」
「そう、貴女が『デリシア』を『魔女』から守ったのかもしれない。現に、今、『魔女』はいない」
「そんなことは……わかりません……」
「そう、わからない」
「…………」
「貴女は本来の『デリシア』だろう」
「それは……」
「それは、貴女にも、私にも『わからない』」
「…………」
「……貴女には義務があるようだ」
「……『義務』ですか?」
「そうだ。貴女が本来の『デリシア』であるのか、違うのか、確認しなくてはならない。向き合うのだ」
「確認するーー。向き合う……」
「そうだ。……ただ、貴女ひとりでは難解であるだろう。私も力を貸そう」
「と、とんでもありません! 私一人で充分です! ……あ! ……いえ、どこか王宮の隅にでも置いていただければ、一人で確かめます……」
「……少し、搦手過ぎたようだ」
「?」
「私は、貴女の側に寄り添い、貴女を見守りたい。そして、貴女の……『デリシア』の力を貸してほしい。魔女としてではなく、ただのデリシア、として」
「…………はい??」
「……私は、貴女に婚姻を申し込む」
「……………………はいい???」
なに? なんと言われた???
うん? なんか言った???
「……先程は不躾に、その、口吻などをして申し訳なかった」
「い、いえ、とんでもありません! わたっ、私もしてしまっていたこと? ……ですし。先程のことは良くわかりませんでしたので! 無かったことにしていただいても結構ですので!」
「不快になっただろうか?」
「ーーいえ、まったくそのような」
「それでは、正式な形で」
……はい?
あ、やべ。アレン殿下が私の両肩に添えた手が、少し緊張したようだった。私も震えてしまう。身体が固くなる。
これは、私でもわかる。また額にキスされる流れ?
ーーちょっと待って!? 正式にって!?
私がアレン殿下と婚姻? そんなのあり?
混乱する私にゆっくりとアレン殿下が近づき……。
あ、額じゃなくて唇でした。




