魔法を解くのは
へ?
え??
は???
ーーなんだか、バカな子みたいになっているが、さっきのはなんだったんだろう?
ビックリして目を見開くが、アレン殿下の顔が近い。私が近付き過ぎたのだろうか? 少し後退しようとするが、アレン殿下の手が肩に添えられたままであり、離れられない。
あまり距離が近いのも不敬だと思うのだが……。
私が戸惑っていると、肩の手が離れた。ホッとして一歩下がる。肩に添えられていた手が離れ、ひんやりした風が当たり、寂しいような感覚があった。
「貴女にかかった魔法は解けただろうか……」
アレン殿下がそう呟いた。
(ーーはい? わたしの?? どういうこと???)
私は要領を得ず、アレン殿下をしげしげと見つめてしまった。
アレン殿下は私から目を逸らす。頬に赤みがさしているようにも見える。
ーー怒った?
不快な思いをさせたつもりはないが……。もしかして、私と目が合うと魔法にかかるとでも思われた? 単純に見すぎて失礼だった?
なんにせよ、怒らせるのはマズい。私は目を伏せる。
「失礼しました……」
なにが失礼だったか、わからない。
謝りようがないのも辛い。
「あ、いやっ、違うんだが……」
アレン殿下が困ったような声を上げる。
……どうしよう? ここは意思疎通できないので、誤解がないように擦り合わせをしないといけないが……。とりあえず、アレン殿下の出方を注視する。
「最初に伝えておくけれど、貴女は罪に問われない」
アレン殿下が、そう言った。
(……なんで? なにか問題が……? 駆け引きや交渉の類? オブラートに包んだ言い方で、私が意味を察する必要がある??)
私は、政治的な『なにか』が内包されているのかと勘繰ってしまう。
が、穏やかなアレン殿下にそのような雰囲気はない。
それに、今更私に政治的な『なにか』があるはずもない。
あるとしたら、お母様とお姉様の件かも……。そうならば複雑なものが混じってくる。国としてはなにを望むのだろう。私に対する罪を問えないのであっても、はっきりと見える形の結末は必要だ。
お母様やお姉様のことも考慮すると、私には『魔女に操られた悲劇の令嬢』とでも世評が立つようにし、実際は暗に『自死せよ』と言われても不思議ではない。
ーーあ、もしかして、それが一番しっくりくる形か……。優しい人なのだろうから、アレン殿下の歯切れの悪さは、それか。
「わかりました。覚悟はできております。これ以上、ご迷惑はおかけいたしません」
私は、覚悟を決めた。
唇が冷える。少し、震えてしまいそうだ。早々に、アレン殿下の前から辞したい。
ーー私は、心が揺らがないように、一人でいたい。
「なんだか、とんでもないことを考えてそうだね……」
アレン殿下の声に困惑が強まる気配がする。
穏やかな声質を耳にしていると、アレン殿下の性格の良さがわかるよ。この人は善良な王となりそうな気がする。
ーーなにより、この人は体温が高い。身体の熱量ではなく、周りを暖かくさせるものを持っている、ということだ。今の私には、辛いもの……。
「貴女は、私の魔法を解いてくれた」
アレン殿下が、なんか言った。
んーー?
(はい??? 私には魔法なんて解けませんけど???)
私はまたもやアレン殿下を見つめてしまう。
アレン殿下の言葉の意味が理解できない。目が合い、今度はしっかりとそのままだった。目が離せなかった。
「私は気が弱いところがあり、国王の重責から逃げようとした人間だ。……いや、逃げてしまった。そして、ただ安穏な生活を望んだ。なにも考えず、ただ息をするだけの日々、だったが」
「……」
「だけど貴女の姿を見ることで、勇気や決意という言葉を知り、自分のことが卑小な存在であると思い知らされ、歯痒かった」
(私の姿って……???)
「自分のことを嫌悪してしまったけれど、貴女の横に並び立ちたくて、精一杯の抵抗をした。私は『魔女』の薬を使ったことを激しく後悔した。情けなかった。逃げた自分に……、なにも出来ない自分に腹が立ち、ひどくもどかしかった」
「…………」
「そんな私を助けてくれたのは、貴女だった。魔法を解いてくれたのだ」
「そ、そのようなーー?」
「ーーしかし今度は、貴女が魔法にかかってしまったようだ」
「ーーいえ? 私には魔法など……??」
「悪い魔女などいない。いたのは、国のために疲弊した哀れな魔女だ。そして、その魔女の残り香が、貴女に魔法をかけた」
「…………え?」
「ーー貴女は存在しない『魔女』に囚われている。もう……、貴女を苦しめた『魔女』はいない」
「『魔女』は、いない……」
「そう。哀れな『魔女』は、もういないのだ」
「えっ……でも……『魔女』は国に損害を与えようと……」
「『魔女』は国のために、力を求めた。国に損害など、皆無だよ」
「王は病を、第二王子は洗脳され、貴族たちは記憶の改竄を……」
「『魔女』が人を害そうと思えば、簡単だった。だが、誰も命を取られてない。怪我もしていない」
「…………」
「貴女には迷惑がかかったようだが……」
「いえ、そんなことは……」
「それ以外でも、迷惑をかけられた者もいるし、王宮は少し損害を受けてしまった。ただ、これらを引き起こした『魔女』はいない。貴女のおかげだ」
「とんでもありません。国を混乱させたのは『私』です。私こそが『魔女』なのです」
アレン殿下との会話を打ち切るため、私は言い切った。
アレン殿下が何を言ったのか、すぐには理解できず混乱してしまっているが、私は責任を負わなければならない。丸く、収まらない。
「どうしたら、魔法は解けるのだろう。どうしたら『魔女』に囚われた貴女を救えるのだろう……」
アレン殿下が、またなんか言った。
私には、理解の及ばないことだ。
ーーくるしい。たすけて。ゆるして。
耳鳴りまでする……。
なんだろう、もういいんじゃないか。私は『魔女』だ。
人々に災厄を齎す、災いそのものである『魔じょ……
あ????
あれ????
あれん殿下????
私が思考の渦に陥ろうとしていると、アレン殿下が私の両方の肩に手を添えて、私の額に??? 口付けをしたーー???




