薄暮
私は、シンデレラから得た記憶を宰相以下の閣僚たちに語った。
この国は、シンデレラの行使した『力』の影響下にあった。
ーー正確に、どれほどの影響だったか判別することは難しい。
宰相は難しい顔をしており、閣僚の中には理解が追いつかない者もいた。
(あとは宰相と閣僚たちが、どう考えて、どう結論付けるか……)
フランシア王国は、司法・行政・立法がある程度は機能している。
今は宰相預かりであるが、この件が司法に回されて捜査・裁判となると、どのような罪になるのか想像もできない。
私はこの件で、私の中に魔法使いの魂があることを喋ってしまった。今後の『取扱注意』というレッテルを自らに貼りつけてしまった形だ。
私に『魔法が効かない』という不思議な『力』があるということは、確実に魔術師の魂が存在しているということになる。
つまり、王家に対する反逆を加えた魔法使いとして、私は極秘裏に処分されても不思議ではないのだ。
なんだか切なくなるが、こうでもしないとーー。
「……わかった。デリシア嬢は別室で休んでいるように。医師も手配しよう」
宰相が低い声を出した。
私は素直に了承し、部屋を出る。閣僚たちで、少し話を詰める時間が必要だろう。通常は何日も何日もかけて議論する内容かもしれないが、もしかしたら数時間で結論付けられるかもしれない。
(ーーそれは、私にとっては暗い結末になるだろうけど)
◇◆◇
「……ふう」
私は、案内された部屋でイスに腰掛ける。
ギシリ、と軋む嫌な音がした。
「……」
ーーしかし、前世でも不幸な事故(未確認)に遭い、今世でも不幸な事故(未確定)に巻き込まれるとは……。
ーーまさしく、薄幸の美少女とはこのことだ!
こんな仕打ちをうけたんだから、来世では幸せな人生になるんだろうな(希望的観測)。あ、いっそのこと『外法』である『死生転生』でも使ってみようかな。……使えないけど。
思えば今日一日、色々なことがあった。
ーー第二王子にチクリと嫌味を言ったことなんて、遥か彼方へ過ぎ去ってしまった。
家名が残って、田舎に引き籠もって静かに暮らすーー。
(そんな生活も良かったな……)
そう言えば、お母様やお姉様も別室で待ってくれているらしい。
お母様には驚かされた。単なるガメついマツk……じゃなかった、伯爵夫人のスケールに収まらない女傑だったなんて。
お姉様も破天荒で、波乱万丈の御令嬢だ。しかし、イリタ王国のトネリ殿下というお似合い(?)のパートナーが見つかって良かった。イリタ王国って、どんなとこなんだろう。見てみたかったな。それに(二人とも外見だけは良いから)トネリ殿下とお姉様が並ぶと絵になりそう。楽しみだなー……。
シンデレラは今後どうなるのだろう。私がさっき説明したことが信じてもらえるならば、今のシンデレラは魔法使いの影響下にはない。もしかすると、悲劇のヒロインポジションと言えなくもない……のかな?
通常ならば反逆罪とか問わる行為を行っているが、実際は自国の魔法使いが暴走して、罪もない幼子の身体を奪い取った結果である。
「あー。なんでこうなるかなー」
いつの間にか、窓の外は薄暮時の儚い雰囲気に様変わりしていた。
……まるで私の気分を写し出したかのよう。
「よし、別なことを考えよう」
私は、楽しく明るい話題を考えることにする。
ーーお母様が大陸中で手腕を発揮する姿を想像すると、少し明るい気持ちになった。
ーーお姉様がイリタ王国でどんな生活を送るのか考えると、急に不安になってしまう。
ーーシンデレラに魔術師の魂の影響が残っていないか気になるし、どんな『人格』なのか知りたくなる……。
ーーああ……
ーー私って、何者なのだろう……
ーー本物の私って、誰なんだろう?
ーー『ここ』に、いるのかなーー
考えても、わかるはずがないのに、ずっと考えてしまう。知りたい、気になる、不安だ。
今も王国の上層部たちが、シンデレラや私の処遇について議論しているのだろう。普通に考えれば危険は回避すべきだ。シンデレラも私も、王宮の奥深くに一生幽閉する。もしくは安全を優先させ、処分する。
国の根幹を根底から揺るがしかねない事件だった。名目はなんとでもなる。
もしかしたら、シンデレラだけは助かるかもしれない。できれば、お母様が残る伯爵家で引き取られたらいい。
私はーー、魔法使いの魂が残る私はーー、どうにもできないだろうな。魔法が使えるわけでもないから、国の戦力にもなれない。しかし魔法使いの魂が残っているから野放しになんて、できない。そうすると、どう考えても幽閉くらいはされるだろうな。
一瞬、魔法使いの魂の話は秘密にしておけば良かったと考えるが、そんなことはできなかった。
……でないと、シンデレラが諸悪の根源として確実に断罪されるからだ。もう、シンデレラに罪はないのだ。被害者なのである。どうにか、普通の生活を送って欲しい。
(私は贖う)
私の中には、魔法使いの魂がある。
それにーー。
今まで考えないようにしてたけどーー。
もう、逃げることはできないーー。
直面すべき、私にとって一番の問題ーー。
(私は、本物の『デリシア』を殺した……)
私はーー、本来生まれるはずの『デリシア』を押し退けて生まれてきた、偽物の『デリシア』だ! 魔法使いの魂どころじゃない! 生きたいと思った! 死にたくないと足掻いた! 醜く、人を押し退けてでも自分が助かりたいと念じた!
魔術師は『外法』を使ったが、それは最後の手段で、国のために仕方なく、自分の身を滅ぼしてまで生き延びようとした結果だ。
私は、そんなことは考えてない。ただ、生き汚く、自分の命のために、偽物の『デリシア』になってしまった! 自分のことしか考えてない! 申し訳ない! ごめんなさい! 助けて! 謝っても許されない! どうすればいいのかわからない! 助けて! 押し退けてしまって、ごめんなさい! くるしい……。
「ゼヒッ……ゼッ……」
呼吸が苦しい……。
暗い考えが私を満たし、激しく身体が震える。
(ああ、私も消えるのかな……消えてしまいたい……くるしいよ)
もし、叶うならば、皆に幸せになって欲しい。
私のせいで、不幸になった人たちが救われて欲しい。
償いたいーー。
神様ーー、どうかーー。
ドンドンッ!
部屋の扉が強めに叩かれる。
ドアが開く。
室内に誰かがーー。




