出揃う……?
王の間に現れたのはーー、
(ーー誰??)
私の疑問は、その場の全員に共通していた。
「……」
「……」
誰しもが首を傾げる。
「……どなたかしら」
私は小さく呟く。
現れたのは銀髪の貴公子だ。やや癖のある銀髪と長身……。顔立ちが幼く見えるが、成人ではあるようだ。一見頼りなさ気で、多数の視線の前に緊張をしているようにもあるが……、なんと言うか重心は安定している。
ある種の『萌え』要素が詰まった謎の貴公子なのだがーー、
(とにかく、誰???)
という疑問から誰しもが抜け出せない。
第二王子ですら目をパチクリさせている。……なんだか、忙しな、この人……。
「イリタ王国の王太子殿下に対する狼藉は、なりません! 衛兵はそのまま控えていなさい!」
貴公子が、凛とした声を発す。
「……トネリアルツォーノ殿下、失礼致しました。ーー正式な謝罪は後程」
貴公子がトネリアル……トネリ殿下に視線を向けた。
ーー今更だが、正式な『トネリアルなんたら』は省略! 長いから。
トネリ殿下はニヤッと笑うと、短い会釈を返した。
衛兵たちはホッとしたようにその場で近侍を続ける姿勢を見せた。
「ロワール伯爵家のみなさんも、手出しはさせません。安心して下さい」
貴公子と目が合う。なんだか、そのつぶらな瞳に、見覚えがあるような?
「……さて、ケヴィン。今日の『立太子の儀』は無効だ」
「な、なんだと、貴様!?」
きつい口調の貴公子の言葉に、第二王子が色をなす。
あ、そう言えば、第二王子の名前は『ケヴィン』だっけ。今更だけど……まあ、いいや。
「お集まりの皆様! 今日の『立太子の儀』は無効となります!」
貴公子の発声に、周囲がどよめく。
貴公子は構わずに、
『正式に王の認可を得てない儀式である』
『今後については宰相が主導し、王の認可を得てから発表となる』
という趣旨を伝えた。
「き…、貴様…、な…、なんの権限があって……!」
突然の流れに、第二王子は息も絶え絶えになっている。
「ーー以上、アレン=アレク=マティアス=フランシスが、皆様に王の意向を伝えました」
貴公子が言葉を切る。
(ーーあ! やべ!?)
この人、この国の第一王子だ。
名乗りを聞いて、ようやくわかった。貴公子が名乗った『フランシス』が王族の名前で、それと『アレク』が長男を意味する。
し、しかし……。ヒ、ヒィィ……! 顔を知らなかった私は伯爵家の当主としては大失態。これは『知ったか』を決めなければ……。
私が畏まる姿勢を見せつつ横目で周囲を窺うと、他の貴族たちも『ハッ』とした様子を一瞬見せたようであるが、いかにも『文句ございません、第一王子様ッ』というように畏まっている。
さすが貴族家の御当主の皆様……。一糸乱れぬ畏まり方で、腹芸に長けているようだ。
ーーにしても、みんな第一王子なのに知らなかった?! というより、忘れていた?!
「な、なに!? そう言えば貴様、今までどこにいたのだ!? いきなりしゃしゃり出てきおって!」
あ、なんか喚いてる。第二王子が。
「ケヴィン、場をわきまえなさい。父上のご意向だよ。私は他国での遊学を終えて戻ってきたところだ」
穏やかな声で貴公子ーーアレン殿下が諭す。
そうだよね、アレン殿下は『王の意向を』という言葉を使った。
第二王子は地が出ているが、こういった公の場ではよろしくない。それに、他国の王太子も非公式ではあるが、来ているし……。
「ーー戯言だ! 信じられるか!」
第二王子は顔面蒼白に。それでいて虚勢を張る。
……面白いな、この人。なんだか、わかりやすくていいのかも。一周回って、親近感湧いちゃうな〜?
「……」
アレン殿下が困ったような表情を見せ、右手を軽く上げて何かを言おうとするもーー、
「皆のもの! 静まれ! 王がお入りになるぞ!」
王の間の奥から、紫色の法衣着用の人物が現れて声を張り上げた。
(ーーおうっ?!)
私は乙女らしからぬ声が漏れる(心の中で)が、皆様が電気が走ったようにビシリ、と整列のに合わせる。
紫色の法衣は宰相の執務服である。皆、一様に静粛になる。
そう言えば『立太子の儀』という国家の重要式典なのに宰相も出席していなかった。皆、それを疑問に思わず式典が進んでいったのだから、今更ながら激しい違和感を覚える……。
ーー宰相が頭を下げる敬礼を行うと、ゆったりと現れたのはこの国の王、アンリ=ルイ=マティアス=フランシス陛下である。
この国では頭を下げる礼が正式なもので、膝をつく礼はない。叙勲など、膝を折っての儀式的なものは存在するが、それ以外では立礼である。
(第二王子が両膝をついてるけど、おそらく立っていられないのだろうなーー)
第二王子が膝をつくというより、崩れ落ちたように項垂れていた。ちょっと可愛そうな気もするが。
「皆のもの、騒がせたな」
王はゆったりとした口調で語りかけた。
小柄な人物であるが、声量は豊かだ。声だけで圧倒される。ただ、実年齢は五十代だった筈だが、外見は六十代にしか見えない。病を得ているのは本当だろう。
王は、王の間から第二王子を下がらせて、後日に『立太子の儀』について告知することを約した。最後は労をねぎらう言葉を残しーー、宰相に促されて退室した。
時間は短いが、王の間にいた者全員に強い印象を残したであろう。
さとーー、
ーー勢いで王太子を僭称しようとした、第二王子
ーー白銀の鎧を着た可憐な令嬢で、他国の王太子妃、と他国の王太子
ーー大陸の経済を主導しようという、艶のあるマダム
ーー遊学から帰還して存在感を示した、第一王子
ーー最後に登場して場を圧倒した、フランシア国王
これに比べると……、
ーー領地を没収された腹いせにチクリと嫌味な挨拶をした、伯爵家の女当主。
私って、誰からも忘れられてるはずッ!
このメンバーの濃いさから言って当然だし、伯爵家もとりあえず無事で済みそうだけど、なんだか寂しいーッ!




