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踊らにゃ、損ソン

 ーー結論から言うと、処分はされたが最悪は免れた。

 現、ロワール伯爵家の当主は私、デリシアということになっている。お母様ではない。

 お母様とお姉様は事業で禁輸を行い、その罰として財産が没収となった。色んな物が差し押さえられ、お母様とお姉様は無一文になった。

 私は細々と事業を行っているだけで、不正も何もなかったので処分は免れた。ただ、伯爵家の年金が打ち切られ、王都も追放される。つまり、領地に引き籠もることになった。

 ただ、領地からの税収にも王都から役人が監督に来る。しかも、そのうちの半分は差っ引かれるという取り決めだ。

 ーーこの状態で領地に引き籠もるということは、財産を食い潰すということである。

 名ばかりの伯爵家になるが、交際は今まで通りなのである。処分により交際は減ったが、長年の付き合いが全て無くなる訳ではなく、贈り物は残っている。とにかく、金銭の負担がかかる。

 増収のアテもなく、目減りする財産に頭を悩ませながら、年が明けて春が来た。


 ◇◆◇


「ーーッ! 以上!」


 役人が短い口上を述べる。


「謹んで承ります」


 私は返事をした。わざわざ王都からうちの領地まで足を運び、口上を伝えてくれたのだ。労いの言葉を添えておく。

 ーーさて、役人が伝えてきたのは初夏に行われる第二王子とシンデレラの婚姻について。盛大に式を行うため、贈り物をせよ、とのこと。

 ……逆らっても良いことないため、了承の返事をしておいた。

 なお、式には招待されていない。追放され、社交界からコースアウトした我が家が呼ばれるはずもないが……。

 一応、お母様に報告をしておく。


「お空から、お金が降ってきます」


 わーい、とか言って、お母様はダンスを始める。

 ……お母様は壊れた。

 財産が没収され、領地に籠もることになって生活が激変ーー、失意からか、やつれて精神的に不安定になってしまった。とにかく今は安静にしてほしい。


「ーーで、あるか」


 隣で聞いていたお姉様が重々しく頷いた。声色はいつものお姉様だが、様相は大分違う。

 ーーお姉様は、はっちゃけた。

 髪はボサボサで、着るものは動きやすいものーーズボン。腰にヒョウタンの水筒をくくりつけ、領地の怪しげな者と遊び歩いている。まさしく、うつけ者……。

 私は贈り物を贖う費用について二人に報告し、その日の執務を片付けた。

 領地には代官はもちろん、派遣されていた文官が引き上げている。領政を担当する役人に給料を払うのが厳しいため役人は解雇等で人員を削減した。

 税収の管理、国との折衝など、頭が痛い。使用人も領政担当に回したりと火の車状態である。



 さてーー、実はお母様とお姉様には報告していないが、もう一つ案件があった。私に対して召喚状が送られている。内容については、黒魔術使用容疑。

 失念していたが、シンデレラが持っていた怪しげな書や道具などは私が使用した嫌疑がかけられている。


(そんな馬鹿な!)


 と叫びたかったが、こうなることは予想できなくもなかったので、私のミスだろう。何事も細心の注意を払わねばならない。

 今の私は爵位こそないが、正式には伯爵家の当主だ。正式に婿が入るまでの仮の当主であるが、責任は全て私が負う。

 ーー意図せず溜息が漏れる。

 気力が湧かない。もうどうにでもなれ、と捨鉢になるのも無理がない話だ。


(小さな畑でも耕しながら、細々と暮らしたい……)


 私は精神的に追い込まれ、ストレスからの解放を求めていた。晴耕雨読……、憧れの生活である。

 ……ただ、今の境遇から逃げ出すのは役目を全うしてから、と決めた。お父様から受け継いだ伯爵家だ。最後の処分はきちんと受ける。お母様とお姉様も放ってはおけない。面倒は見る。

 領地については、没収となるだろう……。

 ーーごめんなさい。



 私が窓の外に訪れた夕暮れを眺めながら一息ついていると、お母様が執務室に入ってきた。顔がいつになくキリリと締まっているような。……良いのか悪いのか、お母様はやつれて顔や身体が萎んだせいで、精悍な(?)顔付きにみえなくもない。


「お母様? どうされました?」

「ーーデリシア」


 口調も重々しい。


「は、はいーー?」


 私は、つい口ごもってしまう。何か重大な失敗でもして、お母様が見かねて注意しに来たのかと身構えてしまった。


「わーい☆」


 ……あ、昼間に踊り足りなかったのね。ダンスしたいのね。

 お母様は楽しそうに踊り出したのだ。しかも、私に手を差し伸ばして来る。あらあら、と私が立ち上がると、お母様は踊りながら私の眉間をゴシゴシと擦っていく。


(ーー眉間? 縦ジワができていた)


 どうやら眉を潜めて小難しい顔をしていたらしく、なんだか今更ながら自覚する。


「……で、あるか」


 いつの間にか、お姉様も入室してくる。できればヒョウタンから水を飲みながらの登場はやめてほしい。


「人間五十年〜、下天の内にくらぶれば〜」


 お姉様は懐から扇子を取り出し、敦盛を舞い出したーー、あ、いや、ゆるやかなダンスを始めた。


(ヒイィィィ、無駄に上手いけど、今はヤメテ! 焼け落ちちゃいそう。縁起でもないィィ……)


 キュキュッ!


 ん? あら? ハムハムまで床に出て飛び跳ね始めた。いつぞやのお茶会でのダンスを思い出す。


(カオス……)


 色々なものが混ざり、混沌とした部屋だが先程までの重々しい空気は掃き清めたみたいに散ってしまった。

 自然と口角が上がる。いつ以来だろう、こんな明るい雰囲気は。


「ふふ……」


 思わず、声まで立ててしまう。

 楽しそうに踊るお母様ーー、

 ゆるやかに敦盛を舞うお姉様ーー、

 キュッキュと飛び跳ねるハムハムーー、

 で、あるならば、私はーー、


「踊らにゃ損そん……!」


 身体が自然と動く。心の底から気持ちが沸き立つ。久しぶりに楽しい気持ちが私を満たしてくれる。

 ーーふっふっふ。まさか異世界で本場の『阿波踊り』を披露する日が来ようとは。私は気持ちが燃え立つまま、踊りに加わる。


「わーい、わーい」

「夢まぼろしなり〜」

「ヨイヨイヨ〜イ」

 キュッキュッ!


 ーーまさしく、カオスッ!

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