穏やかに紅茶を飲むモーニング
「あらあ、デリシアちゃん。大変だったみたいねぇ」
帰宅すると、お母様が出迎えてくれた。家の使用人から、あらかた話をきいているようだ。
「申し訳ありません、お母様。我が家の評判を落としてしまいました……」
私はお母様の目がまともに見れない。
「いいのよ。いざとなれば、隣の国にでも行きましょう」
どこか引っ越ししよう、と気楽な感じのお母様。
しかし、他国に亡命するならば伯爵家を捨てなければならない。使用人たちも路頭に迷う。それは避けたい。
「でも、お父様が遺してくれた伯爵家を潰すわけには……」
「いいの、いいの。お父様は、家のことよりデリシアちゃんのことを考えるわぁ」
お母様は私にハグをする。
離れた後に、パン、と手を叩き、
「どうせなら、領地に籠もって独立運動でもしちゃう?」
「ふむ、天下布武」
物騒な発言のお母様に、途中から話に加わって来て意味不明な言葉を発するお姉様。
ヤメテ……。
「戦争になってしまいます。ご冗談を……」
私が引き気味に笑うと、二人はイイ笑顔を浮かべる。
「大丈夫よぉ。私とウーフちゃんの私的財産を合わせれば、この国で一番くらいになるから。戦争にならないわぁ。私たちが他国に亡命しようもんなら、この国のほうが痛い目見るわよ」
「ふむ、楽市楽座」
は??? なんと??? 我が家は、国一番の金持ち? 私が細々とやっている(使用人に任せている)事業なんて、ドレス代になってるかどうかもわからないのに、お母様とお姉様の二人合わせれば国一番!?
……だとしても、伯爵家を捨てることには抵抗があった。
「……まあ、おいおい考えましょう」
私の目を見たお母様は話を打ち切った。
自室で休むように促され、私とお姉様は自室へ戻る。
なお、シンデレラはこの家に戻ってこないらしい。王家からの使いが現れ、シンデレラの荷物を持って行ったようだ。
なんだか、今日も疲れた……、
◇◆◇
「開門せよ! 屋敷内を検める!」
翌日、朝のさわやかな気配を硬質な声が追い払う。
私は、朝食後にゆったりとしている寛ぎの時間だった。紅茶の香りを楽しみつつ、庭の緑を眺めているところだったので少々不快に感じてしまう。
それにしても、陽の光のもとで輝く木立からは頼もしさを覚える。
ーー一方で無遠慮な声質は人に不安を与える。どうも良い流れではないようだ……。
応対に出た使用人が戻って来るのと同時に役人がなだれ込んで来る。これは非礼過ぎるーー。
「屋敷内の物を検める!」
そう言うと、役人の一人が書類を私に差し出し、細かく他の役人たちに指示を出している。総勢十数名もの役人が屋敷内に散っていく。全部の部屋に入るつもりのようだ。
書類は国が発行した正式なを持参している。
これは否み難い。というより、問答無用でもう始まっている。
「これは何事かしら〜?」
額に青筋を浮かべたお母様が部屋に入ってくる。無言のお姉様も一緒だ。
「……伯爵夫人、お騒がせする」
役人が一言言い、お母様に書類を付き出す。
「ふん、ご苦労さま」
一瞥し、お母様は書類を戻す。
後は沈黙。
(気まずい……)
私は居心地の悪さに、紅茶を口に含む。味がしない。なんだと言うのだ。屋内を検める理由も事後でないと教えないという。私たちが何をしたというのか。お母様とお姉様も困惑しているに違いない。
チラッとお母様を見ると、額から一筋の汗が。目も泳ぎまくっている。
お姉様を見ると、吹けない口笛を吹く真似を……。
(これは何かあるッ! 心当たりがあるんだなッ!)
私は一気に不安になった。お母様もわかりやすいが、お姉様が口笛を吹く真似をするときは、何かを隠そうとしているとき! 悪い予感しかしない!
「これの怪しい書類は、なんだ!?」
「見つけました、密輸の証拠書類です!」
不穏なことを口にしながら次々と役人が部屋に入ってくる。なんと、出るわ出るわ不正や密輸の証拠書類。
あ、これあかん。申し開きもできんやつ。
やっぱり、国一番のお金持ちになるってことは、あくどいこともやるってことなのねッ!
私がお母様とお姉様を見るとーー、
「オホホホホ〜」
「ウフフフフ〜」
目がイッてる、笑ってる〜!?
ーー御家取り潰し、財産没収、追放という最悪の展開へ、まっしぐら〜ッ!




