暴力
「で、今度はどんな野郎に虐められたって言うんだい、青臭い少年の雄餓鬼こと、流星君よ」
お下劣女から頭を冷やせとお叱りを受け、追い出された俺たちは三人連れ立って街を歩く。
車という愛すべき戦友がいる身とは言え、共に渋滞に挑む相棒さえいれば近場を歩く分には割と自由が効くっていうのは、せめてもの救済ってもんだ。
まあ俺はともかく、まだ年若い上に美少女な綺羅星ちゃんと、その弟だって自称している雄餓鬼はあまり広い範囲を自由に歩ける訳ではないが。
「シューティングスターって呼ぶのやめろよ、少女愛好家の変態野郎!」
「流星っ!それが、あんたのために体を張ってやろうとしてる人への態度なの!?」
「俺は別に頼んでねぇよ!それにこいつ、助けるだの何だの言って、結局の所は暴力を楽しんでるだけなんだぜ。本当に最低な男だ」
「そんな負け犬の遠吠えばっかり言って、本当に恥ずかしい奴ね。あんたはきっと、他人を責めることで勝ち誇りたいんだろうけど、自分が弱いからって強い人の事を悪く言っても、ますます弱く、惨めになっていく一方なんだからね」
「メイクだけが取り柄のアバズレに言われたくねえよ」
「そのメイクの力であんたの情けない青痣を隠してあげようか、弱虫」
「そいつは目の前にいる暴力男にしてやれよ。これから大怪我をしに行くんだからな」
「弱虫のあんたじゃあるまいし、弦次郎が負ける訳ないでしょ。大体、私たち、彼に何度助けてもらったと思っているの?彼が情けなくやられた事が今まで一度でもあった?」
「そんな事は覚えてないけど、少なくともブス姉貴に助けてはもらってないね」
「へえ~。じゃあ彼に助けてもらった事は認めるんだ?じゃあ、あたしには謝らなくていいから弦次郎に謝って見せなさいよ」
延長戦と言わんばかりに舌戦を繰り広げる綺羅星ちゃんと雄餓鬼であったが、このやり取りにも飽きてきた所だし、何より今回も弟を綺麗に言い負かしてくれた美少女を鑑賞してすっかり満足した俺は、子供の躾でもするかのように極めて優しくー。そう、極めて優しくだぜ。流星の口を割らせた。
俺の極めて優しい人権に配慮した取り調べが終わった後は、三人連れ立ってクソったれの雄餓鬼がこっぴどくやられたらしい、ぼったくり売人野郎の元へと一直線だ。
人助けなんて趣味じゃあないが、こんな聞かん坊でも綺羅星ちゃんの弟な以上、虐めてくれた野郎を放置する訳にはいかない。
それに、俺は正直な所、この雄餓鬼の事が嫌いではなかった。
勇敢と無謀を履き違えるなと、人はよく言うもんだが、青臭い少年の無謀は時に美徳となり、人の心に波紋を打たせたりする事もあれば、ドーナッツみたいな大穴を開けたりする事もあるってのを俺は知っているからさ。
ただ、一つだけ補足する事があるとすれば、俺はこの雄餓鬼の事を、この上なく邪魔で鬱陶しいと思っているだけだ。
※※※
「何だい、坊主。俺の売り物の匂いでも追って来たかい。全く、薄汚い野良犬みたいな糞餓鬼だなぁ」
通りから一本入った先、吹き溜まりの裏路地に座り込む売人は言った。
野郎の強気な態度に流星は俺の後ろへと隠れるようにして身を引く。
「それで、今度は金でも持ってきたのかい、生意気盛りの坊主とその傭兵気取りさんよ。それとも、お前ら馬鹿みたいに醜悪な渋滞野郎へ物を売ってやってる俺を拝みにでも来たのか?」
売人は薄汚い口に負けず劣らずの豚みたいなー。女で言う所の生理的に受け付けないって顔をしやがると早くも挑発を始めやがった。
野郎のその様子を見た俺はもう嬉しくなっちまう。
ほら、これからこいつの悲鳴を聞けるんだって思うと、喜びで身震いするような気持ちってあるだろう?
喧嘩の経験が無い奴にこの気持ちを伝えるならば、自分は既にレベルが最大なのに、一番弱いモンスターに遭遇しちまって、そいつが逃げねえもんだから、これから物理で一発、殺っちまおうっていうあの気持ちだ。
ともかく、そういう気分になっちまった俺は、笑みを浮かべつつも目だけは光らせて、黙ってずかずかと売人の元へと近付いて行った。
そうしたらこのクソったれの売人の野郎、慌てて立ち上がると、こんな事を言いやがるんだ。
「何だよ、てめえ。そこの餓鬼の兄貴か何かか?言っておくが、俺に手を出すのはやめておいた方がいいぜ。俺はこの辺の裏の顔、地下世界の鼠たちとの親交があるんだ。俺に手を出したらお前、生きては行けねえぞ」
俺は三下のクソがよく放つ台詞を耳から吸い込むと同時に鼻から出す。
こういうユーモアのない脅迫行為を受けた時ばかりは、頭のいい俺も咄嗟に味のある台詞が出なくなっちまう。だから、俺はこの手の奴にはいつもこう返してやるんだ。
「で、そのドブネズミとやらは俺より強いのかよ」
そこからは薄汚い吹き溜まりも、すっかりさっぱり綺麗な暴力の世界となる。
まあもう少し正確に言うならば一方的に振るわれる暴力を、売人が受け続ける世界だが。
※※※
男たるもの、やると決めたら即時行動だ。
目にも止まらぬ速さで己の肉体へと戦闘の意志を伝達させる俺は、売人の野郎を殴りつけ、鼻っ柱をへし折り、出血に悶えている所に膝を叩き込み、頭を掴んで力任せに引き倒してやる。
売人は背中を向けて蹲るが、もちろんこんなもんじゃ終わらせねえ。
追撃に二、三発、後頭部への振り下ろしとなる打撃を加え、後ろ髪を掴んでから強引に顔を上げさせ、元々醜かったが、血塗れになってもっと醜くなった顔面をしこたまコンクリートへ叩き付けてやる。何度も。何度も。繰り返しな。
ただ、このクソ野郎が眼前に出来た自分の血溜まりの中で溺れて死なないように注意を払って。何度も叩きつけてやった。
頭蓋を叩く鈍い音と、すぐ後ろにいる美少女、綺羅星ちゃんの歓声が聞こえてきて、本当に気分がいい。
よく男は暴力が好きだなんて言うが、暴力を観る才能に限っては間違いなく女の方にこそある。上げられる歓声に対して俺はそんな感想を抱きながらクソ売人とコンクリートに熱い接吻をさせ続けてやった。
そうしたら売人の奴、続く痛みに耐えかねたのか、わんわん泣き出しやがって、その姿があんまりみっともねえから、報復として全てを奪い去ってやるつもりだった俺も、強奪するのはチョコレート三枚だけにしてやった。
三枚ってのは俺の分と綺羅星ちゃんの分、そして雄餓鬼の分だな。言うまでもない事だが、口が汚く品も無い相棒こと、お下劣女の分はない。
俺はボロ雑巾のようになってる人型サンドバッグ、クソったれ売人を小突きながら別れを告げると興奮で顔を紅潮させながら右手を上げる綺羅星ちゃんの元へと歩み寄り、ハイタッチしてから言ってやった。
「観客席の美少女、応援ありがとう。俺はいつまでも暴力沙汰のチャンピオンを防衛するんで、これからも応援よろしく」
綺羅星ちゃんは満面の笑顔を浮かべながら俺の右手を取り、高らかに掲げて宣言する。
「勝者、弦次郎ぉ~!」
脇の方では流星が青ざめた顔して、その喧しい口から今日食った飯でも出そうかと悩んでいるようだったが、そんな事は俺、全然構いやしなかったし気にも止めなかったね。