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プロレス

 さて、ここらで一つ、男心を掴んで離さない美少女ボニータ、綺羅星ちゃんの話でもしておこうか。

 俺と彼女が出会ったのは半年くらい前に遡る。

 彼女は昔からフェアリーランドに行ってみたかったらしくてな。憧れだったらしい。


 以前、この手記にも書いたように、あの全国民が仰天してやまないであろう無料開放のニュースが飛び交った後、俺と同様、遥か遠い地から家族四人で東京フェアリーランドを目指す旅に出たはいいものの、想像を絶する大渋滞に、彼女たち一家は悪戦苦闘の日々を送る事になったってのは、もはや説明するまでもないだろう。

 そんな渋滞生活の中で、俺、たまたま近くでトラブルに遭ってるあの子、綺羅星ちゃんを見かけちまってな。

 そこで、俺はちょっと頼れる男の強さを見せてやった訳だが、近くで見るとこれがとびきり美少女ボニータな子なもんで、あの日、彼女に出会った時から俺の眼球には打ち上げ花火が飛び上がっちまって、それが今でもパーティーの最中に弾けるクラッカーみたいに煌めいてる。

 おっと、だからと言って、俺をその辺の少女愛好家だなんて思わないでくれよ。俺はもうちょっと違いが分かる男、つまり通だ。


 まあそれはともかくとして、俺はな、あの子は将来、とんでもないファム・ファタールになるって踏んだんだよ。

 排気ガスくらいに需要のない綺麗事を吐き出しては自分を飾るなんて事をしない男たちには、ここまで言えばわかるだろう?

 そんな美少女ボニータには、早い段階から唾を付けておくのに、やぶさかではないって事をさ。



※※※



ごんごんごん。ごんごんごん。


 車中で語り合う俺と綺羅星ちゃんの邪魔をするかのようにドアを激しく叩く音が聞こえてくる。今度のは酔っ払った親父の頭を固い鈍器でぶっ叩くような不快な音だ。

 忍び寄るその不快感に、車中を包んでいるチョコレートのような甘ったるい雰囲気も、酔っ払って暴れる親父の頭みたいに簡単にぶっ壊れちまう。どうやらいつものお邪魔虫が来たようだ。


「おい、お前!何してんだよ、この少女愛好家のろくでなし野郎!」


 続いて耳に届いてくるのは癇癪を起こした女みたいな甲高い少年特有の声。

 その大声に狭い車中で仲睦まじく語り合う俺も綺羅星ちゃんも、途端に現実に引き戻されちまったもんだから、俺は車の窓を半分ほど開けると、目の前で求められてもいない絶叫芸を披露している雄餓鬼オスガキに言ってやった。


「なんだ、ハナったれ野郎の流星シューティングスター君じゃねえか。そんなに慌てて、またお得意のシスコン芸でも始めるつもりかよ。チケット代なら出さないぞ?」


 余裕綽々といった俺の反撃に雄餓鬼オスガキこと流星シューティングスターは、かっと顔面を赤くして言う。


「ふざけんなよ、この色魔!おい、姉ちゃん。何でこんな色魔野郎の所に一人で来て、しかも車の中にまで乗っちまうんだよ。もう子供じゃないんだから、男の車に乗り込むって事がどういう事か、姉ちゃんにだってわかるだろ。なんで、こんな危ない真似をするんだよ!」


 そのあまりにダサい泣き言に笑いを堪える俺だったが、助手席の美少女ボニータの方はというと、わなわなと肩を震わせ、その形のいい唇から毒を吐き出し始めた。


「流星っ!なんて言い草をするの。私は何にもされてないわよ。謝りなさい、馬鹿!第一、弟のあんたが、姉である私に対して、どうして年中無休でしかめっ面浮かべてる年増の女教師みたいな事を言うの。もう、いい加減にしてよね!」


「これからしようってんだろ、馬鹿姉貴!そんな涎垂らした変態野郎なんかに、でれでれと不細工な顔を緩ませやがって。メイク落としてから同じ事やってみろよ、ブス!」


「はあ?変態はあんたでしょ、馬鹿流星。あんたは一人、誰にもバレていないような顔してるけれど、毎晩イヤホン付けてデバイスから美少女アニメ視聴してる事、私もパパもママも知ってるんだからね!」


「あ、あれは勝手に動画が切り替わって、そのまま寝ちゃっただけだ!それに、俺が本当に美少女アニメを観ていたとしても、リアルに不純異性交遊してやろうっていう馬鹿姉貴よりは幾らかマシだろ!」


「何が不純異性交遊よ。あんた、年増の女教師様?それとも、法務大臣様にでもなったつもり?私はもう十六よ。自分が恋する相手くらい自分で決められる」


「だから姉貴はお子ちゃまだってんだよ」


「自分なんか、買い物も満足に出来ない超が付くお子ちゃまの癖に。その顔、どうせまた売人の奴にでも殴られたんでしょ?」


「しょうがないだろ。相手といったら、いつも俺より体格が良いし、俺はまだ十二なんだ。体重差ってもんがー」


 そこまで言って、流星シューティングスターは、はっとしたような顔になる。

 その姿を眺める綺羅星ちゃんは、ふふんと鼻を鳴らして言った。


「つまり、子供ってこと?」


 強烈なカウンターを喰らった雄餓鬼は押し黙る。

 それまでにやにやと姉弟喧嘩を眺めるだけでいた俺は、終戦のゴングを鳴らそうとしたが、買い物袋を引っ提げた相棒こと、お下劣女が大きな足音を立てて近付いて来るのはゴングを取り出すよりも早かった。


「随分と盛り上がってるみたいじゃないか」


 招かれざる相棒こと、お下劣女は一言放つと俺たち三人を一瞥して溜息交じりに続ける。


「破れかぶれの不純異性交遊も脳味噌の代わりに石を詰めた教師の真似事も結構な事だが、少なくともここは君たちがプロレスをするためのリングではないよ」


 その後も辛辣な言葉を続けるお下劣女から車外へと引きずり出された俺は、脳味噌の代わりに石を詰めているらしい雄餓鬼オスガキこと、流星シューティングスターと一緒くたになって耳を引っ張られ、悲鳴を上げる事になった。

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