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無邪気の楽園

 体中に感じる抗い難い重力。

 有史以前より物も言わずに地球を、あるいは宇宙を支配し続けるその物理法則の強大さに俺たちは従わざるを得なく、空を墜落する身で出来る事と言えば、まるで動きのなっていないダンスを踊る事くらいだったが、その腹踊りよりみっともなく情けないダンスも束の間、視界を七色の光が包み、俺たちの動きはエゴイスティックな重力の支配を破るかのようにして空の只中、ぴたりと止まる。

 驚き、前を見据えれば、眼前には薄く、綺麗な七色の膜のような物が広がり、妙に柔らかいそれは俺たちを包むように、守るようにして小さな空間を作り、ふわふわと空を漂っていた。


「何だ、こりゃあ」


 思わず内部からその膜に手を触れてみると、ふにふにとゴムのような感触をするそれに軽く跳ね返される。

 この光る膜で出来た空間、見た目はシャボン玉のようであるが、どうもこいつは柔らかさと強度を兼ね備えているらしい。

 もしかして俺は既に死んでいて、この謎の物体から天国にでも運ばれる最中なのかと思ったが、この疑問は膜の外に広がる空を飛びながら顔を出してくる一人の女によって晴れる事となる。


「やあ、弦次郎くん。随分と派手に戦ったみたいだね」


「お下劣女!」


 悠々と空を飛び、俺たちの目の前で留まった相棒こと、お下劣女は背中に生えた優美な羽根を小さく羽ばたかせ、その手に杖を握ったまま微笑むと、静かに語りかけてくる。


「しかし、戦いも終わった側から似非女王を口説き落とし、空からダイブして駆け落ちとは恐れ入るね」


「そいつは盛大な勘違いだが、やはり俺の芸術を解せる者はいたという事だけ言っておこうか」


「やれやれ。危機も一髪、生き死にを分けたばかりだというのに、口が減らないものだねぇ」


 空に留まったままでいるお下劣女は俺の放つ軽口に軽口で返すと、杖を振りかざす。

 すると、さっきから塔に向かって特攻を続けていた妖精たちは即座に力を失い、次々と光の粒へと転じていく。


「取り戻したのかよ。その何とかの杖ってやつ」


 神々しいまでの光を放っている杖を一瞥する俺は笑って言った。


「ロッド・オブ・アヴァロンだよ。久しぶりにこの手に取ってみたら、力を馴染ませるのに少しばかり手間取った。遅れて悪かったね、弦次郎くん」


「気にするな、俺くらいの男になると女を待つのにも慣れてるもんだ。それより何だよ、その背中に付いてるご立派な羽根はよ」


「そりゃあ羽根くらい生えているさ。あたしは妖精の女王、ヴィヴィアンなのだからね」


「似合わねえ名前だな。オゲレツに改名しろ」


 俺の冗談を受ける妖精の女王・ヴィヴィアンを自称するお下劣女は小さく笑いながら腕を振り上げると、ロッド・オブ・アヴァロンは一際大きな光を放ち始める。

 放たれたその光はすぐさま塔の周囲を包み、下で騒ぎ立てている元・渋滞仲間である暴徒へと届くと、皆が一様に動きを止めていく。

 更に拡大していく光は収まる事なくフェアリーランドの外へと広がり続け、大した時間もかからない内に、外から聞こえていた大暴動の騒音は全く聞こえなくなる。


「とんだ魔法もあったもんだ。そいつを取り戻せば全てが丸く収まるってのは、本当だったんだな」


「この杖の真の所持者であるあたしが使えば、この程度の力を発揮するのは朝飯を食べるより容易いよ。しかし、よくやってくれたね、弦次郎くん。よくここまであたしに付いて来てくれた」


「おいおい、ここには俺が行きたいと思ったから来ただけだぜ。俺からすれば、旅のついでにお前を拾って、行きたい場所が同じだったから連れて来てやっただけさ」


 お下劣女は微笑み、指を微かに動かす。

 すると、塔の下方からはもう一つのシャボン玉がやってきて俺たちの隣へと止まる。

 見ればその中には東京フェアリーランド最高責任者であるジョージ・マッケンスキーが一人、瞼を閉じ、項垂れているのがわかった。


「今こそ全てを話そう、弦次郎くん」


 ややあって、お下劣女はジョージの方に首を向けると、事の起こりを話し始めた。


「ロッド・オブ・アヴァロンを奪われたあたしは、このフェアリーランドを丸ごと乗っ取られる事になったというのは、前にも話したよね。これは言うまでもない事だろうが、杖を奪った元凶はそこの生意気な似非女王、ティターニアだ。しかし、実の所、事の発端はジョージとこのあたし、ヴィヴィアンにこそある」


 既に玉座の間でお下劣女とティターニアの会話を聞いていた俺は、大体の経緯については察しが付いていたが、ジョージの事は初耳だったので口を挟まずに聞く。


「ジョージが一流の実業家としてフェアリーランド経営を一手に担っていたのは、おそらく誰もが知っている話だろう。彼は賢く、才気に溢れ、また、努力家でもあった。だが、そんなやり手のジョージには裏の顔というか、ちょっとした趣味というか、昔から追い続けている民間伝承があってね。それが妖精の伝説だった訳さ」


 隠された過去を語り出すお下劣女は一つ息を吐くと、過去に思いを馳せるような目をして口を動かす。


「妖精への憧れが高じ、フェアリーランドを建てて尚、その焦がれを強くしていくジョージはね。財力に任せて世界中から貴重な文献を集めると、東京フェアリーランド支配人としての仕事を続けながらも暇さえあれば妖精の研究と調査に没頭する日々を送っていた。そしてある日の事、ついに本物の妖精を呼び出す儀式を発見した彼はそれを試したのさ。そうして現世に呼び出された最初の妖精がヴィヴィアン。つまり、このあたしだった。その後、召喚されたあたしとジョージは友人となり、互いの世界の話に花を咲かせ、本物の妖精であるあたしと共にテーマパークを発展させていったのだが、事はそれだけで終わらない。いいや、この惨事の引き金はここから始まっていたと言ってもいいだろう」


 お下劣女は睨むような目線をティターニアへと向けて続ける。


「後から気付いた事だが、ジョージの行った儀式には僅かな歪みがあってね。儀式の内容としては世界を分かつ門、アヴァロンゲートを開き、妖精の通り道を作り出すという簡単なものだったのだけど、それはあたしが通った後にも小さく残り続けていてね。好奇心から目ざとくもそれを見つけ、通り始めた妖精たちが次々とこのフェアリーランドへ現出する事となる。それも、この高慢ちきの似非女王というおまけ付きにね」


 きっと妖精たちは、この似非女王に人気者アイドルになろうとでも誘われたのだろうね、と続けるお下劣女はティターニアを強い眼差しで睨み付けながら先を続けた。


「後は大体が弦次郎くんに話した通りさ。突然現れた似非女王と妖精の大群に襲撃されたあたしとジョージはロッド・オブ・アヴァロンを奪われ、一夜にして陥落したフェアリーランドを逃げ出す事となった。それもトップのジョージを奪われながら辛くもあたし一人が逃げ切る形としてね。それからというもの、復讐と奪還を誓うあたしは妖精へと対抗し得る人材を求め、渋滞を行く車に乗っては捨てて、やがて弦次郎くんに出会うという訳だね」


「そいつは大した過去だな。つまり、俺はお前らの争いに利用されていたって訳かい」


「その通りだよ。すまない、弦次郎くん。今更言っても信じられないかもしれないが、あたしは君にここまでの危険を犯させるつもりはなかったんだ。けれど、下水道を渡る際に君の強さと意志力に気付いたあたしはすっかり弦次郎くんに頼り切る事になってしまった。本当に申し訳なく思う」


 お下劣女は急にしおらしくなったように言うが、そんな顔はこいつには似合わないし、もっと言いたい事がたくさんある俺は何から喋ろうか一瞬悩むが、とりあえずは妙に縮こまったみたいにしている相棒の顔を吹き飛ばしてやる事にする。

 そうだ。いつものように。俺たちがいつもやってきたように。スマートに、男らしくな。


「言っただろ。俺を頼り、俺に助けを求めてみろって。それに、褒美ならもう貰ってるんだ。お前の熱く激しく、愛の籠ったキスという褒美をな。最もハードでデンジャーなミッションをこなせる男ってのは、いい女からキスの一つでも貰えばそれこそ一騎当千、快刀乱麻を断つが如くの働きをするものなんだぜ。強かっただろう、俺は」


 お下劣女は悪戯な笑みを浮かべる。

 いつもの顔に戻る相棒に俺もクールに微笑む。

 唯一、不貞腐れたようにしているティターニアをよそに、俺たちの笑い声は響き渡る。


 あの憧れのフェアリーランドの中に。

 この東京全土にまで届かんとばかりに。

 本物の妖精を目の前にしながら。

 本物の妖精といつまでも笑いあう。


 こいつはちょっと人には出来ない体験だって、俺は思った。

 そして体験は人を大きく成長させるという。

 だったら、これ以上に大きな褒美なんてあるものかよ。


 長い長い旅路の果て、広がる先は妖精郷エルフヘルム

 頭の上には敬愛すべき女王騎士。

 脇に転がるはハッピーエンドにも表情を変えない頑丈な執事。

 目の前には最強の相棒と最高の風景。


 それらに囲まれる俺の心には、そんなこっ恥ずかしい気持ちが目一杯に広がり、巡っていた――

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