フェアリーダスト
《なあに、あれ》
《愛だよ、愛》
《愛って、なあに?》
《信じあうことよ》
《わたしたちを差し置いてね》
《わたしたちを蔑ろにしてね》
《わたしたちを軽んじてね》
《それって、ひどいね》
《杖も持ってないくせにね》
抱き合ったまま固まる俺たちを遠巻きにして妖精たちが囁き出す。
ティターニアは何を勘違いしているのか「手紙を渡しに来たならそう言って下さればいいのに」とか何とか、甘い息を吐き出しては柔らかな身体を俺へと押し付けながら呟いている。
こんな事態でさえなけりゃあ、俺も男としてそれなりの反応を示したのかもしれないが、思いがけない展開に置いてけぼりとなっている妖精たちの不気味な囁きを聞く俺は、奴らのその動きに危機を察知し、呆けたままでいるティターニアへと言った。
「なあ、ヤカン女よ。俺のポエムを気に入ってくれたのは嬉しく感じるぜ。己の芸術を解して貰うってのは作り手にとって、これ以上ない名誉だ。だがまあ、それはさて置くとしてさ。とりあえず、あいつらを止めてくれないか?」
しかし、ティターニアは反応しない。
まるで心ここにあらずといったように見えるが、俺は尚も続ける。
「なあ、頼むよ。あいつらちょっと止めてくれないか?奴ら、さっきから不穏な動きをしてるんだって。ほら、お前も空を見てみろよ」
「ティターニアと呼んで下さいまし。歌人どの」
だめだ、こいつ。話が通じない。
俺はティターニアの手を振り払い、身を翻すと声を上げながら駆け出した。
「エリザベート、戦いは終わりだ!お下劣女の元へと合流するぞ!」
賢く、優秀なコーギー犬であるエリザベートは一声鳴くと、すぐに俺の元へと駆け寄ってくる。
俺はそれを抱き上げながら来た道を引き返そうと階段に足を向けるが、時は既に遅かった。
《妖精星屑いくよぉ~》
《受け止めてね》
《わたしたちの愛を受け止めてね》
《愛って、なあに?》
《掠奪することよ》
《同じ棺桶に入ることよ》
《光体になるまで愛してね》
《光体になるまで愛してる》
妖精の大群は塔全体を包囲するように散らばり、しきりに囁き出すと、すぐに攻撃は始まった。
俺は咄嗟に身構えるが奴らの狙いは俺ではなく、だからといって、ティターニアでも、コーギー犬でもなく、塔その物であった。
まるで大量の流れ星が落ちてくるかのようにフェアリータワーへと向かって突撃する奴らの群れは次々と外壁へと体当たりをかけ、落雷を思わせる轟音を立てては散りゆき、塔を揺らす。
その攻撃の凄まじさは、破壊活動と言ってもよく、俺たち人間からしたら戦略兵器でも持ち出された気分にさせられるものであった。
――ぱあん。ぱあん。
――ふすふす。くつくつ。
――ぐらり。ぐらり。
この分じゃ今から走って階段を駆け下りても無駄だ。塔が持たねえ。
そんな事してる間に瓦礫の下敷きにされる。
「おい、ヤカン女!早くあいつら止めてくれよ、このままじゃ俺たち揃って仲良くお陀仏だぞ!」
「大丈夫ですわ。魂となって共にアヴァロンの大地へと還りましょう、歌人どの」
俺はティターニアへと振り返り叫ぶように言うが、こいつときたらまるで動揺していないといった様子で意味のわからない言葉を返してくる。
「こうなりゃ仕方がねえ。話が通じないっていうなら、お前には脱出の突破口になってもらうぜ!」
「まあ、脱出だなんて。わかりましたわ。今が不満なら飛び立つべきですものね。さあ、歌人どの。何をするつもりかは存じませんが、是非、わたくしを連れ去って――」
「いいから早く来い!」
俺は急ぎ、転がっている執事を抱え、エリザベートを頭に乗せると走り、ティターニアの手を取って駆ける。もちろん目指すはこの大空だ。このヤカン女の飛行能力があれば、俺たち全員、容易く脱出できるるだろう。
何か言いたげなティターニアを引きずるようにして俺は走り、空を目掛けて大きく飛んだ。
その瞬間だ。風の音と妖精どもが光体になっていく音と同時に、嫌な声音が俺の耳に届いたのは、その瞬間だった。
「わたくし、飛ぶの苦手なんですの」
その呟きを最後に、ティターニアにしがみ付く俺たちは落ちた。
そうだ。塔の八階から全員まとめてな。
何かを考える間もなく、また、何かを言い残す暇もなくだ。
俺たちは真っ逆さまに落ちていった。




