ファム・ファタール
「来いや、この害虫どもっ!」
駆け出し、叫ぶ俺へと妖精の大群が群がり、俺は突進を止められるも暴れ回る。
ここに至るまでに何度となくやってきたように。猛り狂う獣のように。
稲妻のごとく襲来する奴らに激突すれば手と足を振り回し、頭を振り乱しては暴れまくる。
その度に体に纏わり付く幾らかの妖精どもを払い、弾き飛ばしてみせるが、俺の体はそれ以上に後退する。だが、決して諦めやしない。奴らの大攻勢の前に、一歩進んで三歩は下がる憂き目に遭うも、腕を振り回し、足を上げ、気合の限りに踏ん張り、不退転の心得でもって力強く奴らを抑え、押し込こもうと奮迅する。
全く以て、竜巻でも相手にしているような気分だ。
この状況を何かに例えるならば、台風の中を飛んでくる虫やら何やらが次々と体に激突する中を無理矢理に進む感覚だと言っていいだろう。
そして台風の目となる部分からはヤカン女のボスこと、ティターニアが俺と同様、手足を激しく動かし、妖精どもへと檄を飛ばしているのが耳に届いてくる。
視界は妖精どもに塞がれて見えやしないが、おかげさまで進むべき方向はわかるというものだ。あいつめ、必ず取り押さえてやるからな。
《こいつ、力が強いよ》
《こいつって、なあに?》
《機械ってやつ》
《運び人だよ》
しっちゃかめっちゃかといった大乱戦の中、執事を抑えたままで飛んでくる妖精たちの囁き声が徐々に近付いてくる。やがて、それは地団太を踏むように、あるいは癇癪を起こす子供のようにして形振り構わず暴れ続ける俺のすぐ近くへと、掴んだままでいるコーギー犬ごと滑空しながら落ちてくるのを耳で理解した俺は叫んだ。
「エリザベート、よく来てくれた!」
一瞬、訪れた沈黙の中、妖精の一団が訪れた来場者へと目を向ける。
戦いの舞台へと軽やかに着地した女王騎士の姿を奴らと同様、俺も仰ぎ見る。
人から妖精から注目の的となり、その身に視線を集めるウェルシュ・コーギー・ペンブローク。彼女は沈黙を破るようにして、勇ましく、わんっと吠えた。
俺はその勇猛果敢たる叫びに応えるようにして声を上げた。
「やるぞ、エリザベート!」
言うが早いか、俺は妖精の群れへと張り手をぶちかまして突撃した。
エリザベートもつぶらな瞳に目一杯の勇気を込めて俺の元へと走った。
それと同時に、何よこの犬、といった囁きが聞こえ、俺へと纏わり付く妖精の半数ほどがエリザベートの元へと突進していく。
こいつは起死回生、攻勢へと転ずるチャンス到来だ。
俺は隊を分ける事で数を減少させ、力の弱まった奴ら、妖精の群れを押し返してやる。
エリザベートの方はというと、その小柄な体と俊敏な動き、驚異的な動体視力を如何なく発揮し、奴らの動きを見切っては躱し、噛み付き、ひた走る。
「何してるのよ、悪戯者ども!そんな犬なんて、放っておきなさいよ!」
ヤカンの女王が狼狽え、上擦った声を響かせる中、俺たちは暴れ回る。
暴れて、動き回って、手足をぶん回して、噛み付き、そして押し返す。
一歩。また一歩と進み、顔を引きつらせているボスの元へと近付いて行く。
やがて、ティターニアの元へとあと少しといった距離まで接近した俺は、全身で飛び込むようにして躍りかかるが、後退るその体をあと一歩の所で掴み損ね、その代わりに整った屋上床へと体を打ち付けてしまった。
「つ、付き合っていられないわ。あんまり馬鹿馬鹿しくて、わたくしはもう付き合っていられないわ」
見下ろしながらも青ざめているティターニアは、唇を震わせながら言った。
俺は立ち上がりながら言葉を返してやる。
「そう言わずに、もうちょっと付き合ってくれよ。終劇までもう少しなんだからよ。それに、塔の外から街中から大騒ぎしている俺の親愛なる渋滞仲間の事だって、正気に戻してもらわないと困るんだ」
「なによ、自分たちがわたくしたちを求めたんじゃないの。何千年も前から自分勝手にわたくしたちに憧れ焦がれて、ご希望通りに妖精が現世に顕現してみれば、この仕打ちってこと?人間っていうのは、素直に憧れを崇められないとでも言うの!?」
そんなのおかしいじゃない、わたくしを崇めなさいよ、と続けるティターニアは声を震わせながら後ろへと下がっていくが、この広くもない屋上にもう逃げ場はない。空を背にする妖精のボスを追い詰めた俺は、にじり寄った。
その時だ。空からひゅるりと一枚の便箋のような物が舞い降りてきて、それは丁度、華奢な身体を震わせたままでいるティターニアの手元へと落ち、奴は反射的にそれを掴み取った。
「……手紙?この、わたくしにお手紙?」
ティターニアは突然の事態に呆気に取られたような顔をするが、それは俺からしても同様だったもんで、俺は軽く首を動かして読んでみろと促してみせた。
「何なのよ。この期に及んで、このわたくしにお手紙だなんて、一体どういうつもりなのよ」
言いながらも封を切り、中から薄いメモ帳を取り出すティターニアは僅かに目を輝かせるようにしながらそれを読み始めると、またヤカンでも欲しがっているのか、みるみる内に顔を紅く染め上げ、固まってしまった。
「おい、どうしたんだよ。何だ、その汚いメモ帳は。何とか言ったらどうなんだ」
何だかどこかで見たようなデザインだな。
おそらくはエリザベートの首輪に仕込まれていた物が妖精にでも取られて空から落ちてきたのだろうが、一体どうしてこいつは固まっているのか。
「ちょっと見せてみろよ、それ」
俺は何気なく歩み寄るが、この足が開いた手帳で顔を隠すようにしているボスへと辿り着くよりも前に、何やら惚気たような甘ったるいティターニアの一声が発された。
「ビューティフル」
顔を真っ赤に染めるティターニアは鼻血を出しながら俺の胸へと飛び込んできた。
そのあまりの態度の一変ぶりに俺は飛び込んでくるティターニアを抱きながらも、奴の白く細い手に握りしめられたままでいる手帳を手に取り内容を確認する。
※※※
少女よ
まだ人生の半分も生きていない内からそんな顔をするものじゃない
例え明日 人生が終わるとしても
生き方を変える必要なんてない
真面目に長い目で努力しろって
きっとみんなが言うだろうけれど
そんなことで報われる保証なんて
神様だってしちゃあくれないんだ
それと同様に
それと同様に この俺でさえ 人生ってものに何の保証もしてやれないけれど
それでも俺には君を愛してあげることができる
地球上の誰よりも
俺には 誰よりも 君を想うことができる
そう。地球上の誰よりも
必要以上に
君が欲している分以上に
いつまでも籠の中の雛鳥でいる必要なんてない
今が不満なら どこへだって 飛び立ってやればいい
ハイヒールの踵を潰して
可愛らしい服を燃やして
きっと 思い描いた理想の九割は叶わないだろうけれど
それでも俺には 君を愛してあげることができる
地球上の誰よりも
俺には 誰よりも君を想うことができる
地球上の誰よりもだ
必要以上に
君が欲している分以上に
きっと 思い描いた理想の九割は叶わないだろうけれど
もしも 君にその気があるのなら
望む理想の一割くらいなら
明日にだって叶えてみせるから
※※※
その手紙に書いてあるのは、かつて俺が書いたポエムだった。
ティターニアは恍惚とした様子で顔から湯気を出しながら固まった。
俺の胸の中で。
そしてそれを抱く俺も固まった。
全身が石みたいになっているが、懸命に視線を動かせば、開かれた手帳の端の方には小さな一文が書いてあるのが見える。
弦次郎、忘れ物だよ。
ちゃんと回収しておいたから大事にしまっておきなよね。
P.S あのワンちゃん可愛いね。
未来のあなたの妻・綺羅星より(^^♪




