忠義
今、形成は逆転した。
俺は逃走するボス妖精、ティターニアに向けて追撃に走る。
玉座の間を駆け、逃げ続ける奴は奥まった場所にある扉まで辿り着くと、扉を乱暴に開け放って外へと脱出する。
それを追う俺も開けっ放しのままでいる扉を通り、外へと出るが、塔外周部に広がるバルコニーにはティターニアの姿はなく、上へと続く緩やかなカーブを描いた石造りの階段だけが見えた。
あのボス妖精の奴め、武器の強さと逃げ足だけは一丁前ときやがる。
もっとも、その武器さえもう手元にはないが。
おそらく上は屋上だろう。
これ以上逃げ場はないだろうが、お下劣女の事も気にかかるし、迫り来る暴徒の事もある。
急ぎ、決着を付けなければならない。
俺は猛然と階段を駆け上がり、ついに妖精のボスを追い詰めたと思ったが、辿り着いた屋上にあったのは極めてデンジャーな光景だった。
《ぼんじゅ~る》
《ぶえなすたるです》
《ハオハオ》
《それ、ニーハオじゃないの》
《何語よ、それ》
《人間の言語って多すぎでしょ》
《けれど、わたしたちに覚える必要はない》
目の前には口喧しく囁く妖精の大群。
今まで屋上で待機していた分なのか、その大群はわらわらと宙を飛び回り、悪戯な笑みを浮かべ、また、それらに囲まれるようにして立つ妖精のボスの姿が屋上奥に見える。
追って来た俺の姿を確認したボスことティターニアは、怒りと悔しさを滲ませた目で俺を睨み付けながら口を開いた。
「さっきはよくもやってくれましたわね、この思い上がりの下賤な騎士気取りどの。一体、どうやって、このわたくしへと攻撃を通したの。死ぬ前に聞いてあげるから言ってみなさいな」
「一騎打ちか降参でもしてくれたら教えてやるぜ。ほら、言ってみな。白旗を上げ、この塔を差し出しますってよ。簡単な事だろう、少なくとも俺に勝つよりはな」
「下賤で卑しい人間ごときが、何たる態度。あなた、この状況が正しくわかっていて?わたくしから杖を奪い取ろうが、この数の悪戯者どもをあなた一人で相手に出来るとでも言うつもりなのかしら」
「まあ待てよ。降参ってのはこうやるんだ。軽く両手を上げて、顔にちょっとした敗北感を滲ませてやればいい。こうだ、こう」
言いながら俺はヘンテコな顔をして両手を軽く上げてやると、空からはふすふすといった妖精の笑い声が上がり、目の前にいるティターニアはみるみると怒りに顔を紅潮させながら尚も叫ぶ。
「頭で理解出来ないようならば、体の方に教えて差し上げます事よ。悪戯者、その三と四と五と六番、妖精星屑をお撃ちなさい!」
怒りに任せた叫び声が空へと広がった直後、中空を悠々と舞う妖精どもの何匹かが、いぇっいぇっといった笑いを立て、小さな身体を発光させると流れ星か何かのような、目にも止まらぬ速度で俺の体めがけて落ち、激突してくる。
「こいつはデンジャーだな。新しい攻撃だ」
俺は体に激痛を感じるも堪え、一歩も下がる事なく言った。
この体に激突してきた数匹の妖精はというと、瞬時に光の粒へ変わり果て、空の一部へと還るようにして消えていく。
「こいつらは馬鹿で愚かで頭が悪いけれどね。わたくしが正しく命令を与えさえすれば、相応の脅威となるのよ。これでおわかりかしら。状況が理解出来たなら、わたくしの質問に答えなさい、この薄汚い騎士気取りの人間」
「お前、さっきから頭が悪いだの何だのと自分の部下を小馬鹿にしているが、お前だってそう変わりはないぜ。いいさ、そんなに知りたきゃ教えてやる。俺たちはな、ちょっとした騙しをかけてやったんだよ」
怒りに体を震わせながらも言っている意味がわからないといった顔を浮かべるティターニアへと俺は続けた。
「お前が俺の相棒からぱんぱん喰らってたのは空撃ちの空気砲だったって事さ。そして相棒が突然ぶっ倒れたのは残されていた魔力の全てを銃に注ぎ込んだからだ。そうとも知らないどこかのお馬鹿さんは空撃ちにびびっちまって、杖の力でガードしていたらしいが、お下劣女の狙いは自分に残された全ての魔力を込めて、お前が銃を扱えないと高をくくっている俺に魔法弾を撃たせ、突破口を開く事だったんだよ。まんまと引っ掛かりやがって、あんまり他人の事を馬鹿だと言っていると、自分が恥をかく事になるってのがわかったか、頓珍漢のボス女」
放たれたその言葉に空を舞う妖精たちは、ふすふすと大きな声で笑い出す。
――頓珍漢だって。頓珍漢ってなあに。
――あなたみたいな子よ。ボスみたいな子よ。
妖精たちの囁きと笑い声は止まらない。
その一方で、ボスであるティターニアは綺麗な顔を歪め、美しい金色の髪を乗せたその頭に至ってはヤカンでも置いてやれば瞬間沸騰でもしそうな怒りの熱気を孕んでいるかのように見えたが、残念な事にヤカンを持っていない俺はそれを試してやる事が出来ない。よって、俺の取るべき行動は引き続き、妖精の群れを突っ切るようにして猪がごとく突撃をかましてやるだけだ。俺は覚悟を決め、獅子奮迅といったように敵方へ切り込む心構えを決める。
周りを取り囲む妖精どもは滅茶苦茶な数だし、我ながら無謀とも言えるが、何とかなると信じ、何とかするって決め込んでな。
「この悪戯者ども、笑ってないで突撃、突撃するの!全軍、突撃なさいっ!」
駆け出そうとする俺の前でティターニアの絶叫が響く。
次いで、妖精たちがその小さな身体を踊らせる。
今、最後の決戦の火蓋が切られようとする。
その時、俺は空の向こう、奴ら、妖精の大群後方に信じられないものが出現するのを見た。
そいつの傷だらけになりながらも変わらないポーカーフェイスに思わず声を張り上げる。
「執事!」
金切り声を上げるヤカン女こと、ティターニアに負けないくらいの絶叫に妖精たちも驚き後ろを振り返る。
そこには持ち主であるお下劣女を空から追ってきた力持ちの執事こと、ドローンが空を飛び、表情なき勇姿を見せ、こちらへと迫ってくる姿があった。
奴らはドローンを確認しても別段態度を変える事もなく笑うが、しかし、俺が本当に驚いたのはあの執事が掴み運んでいるものだ。それは、いつか別れたあいつであった。
小さな体に無尽蔵のスタミナ。
愛嬌溢れるその顔に、どんな困難にも怯まない勇敢な心。
ここからはよく見えないが、ふわふわの体に装着された首輪には何かを巻き付けている。
見紛うはずもない。いつか別れたあの愛くるしい相棒は俺を追って、ここまで来たのだ。
そうだ。最後の決戦の舞台に、最強の助っ人として。
「エリザベート!」
万感の思いを込めて、その名を叫ぶ。
すると、イギリス王室御用達であり、素晴らしい女王騎士であり、世界に名だたる名犬種であるウェルシュ・コーギー・ペンブローク、エリザベートは俺に応えるように、真っ直ぐな瞳で俺を見つめ、わんっと一声鳴いた。
しかし、その愛くるしさに嫉妬の念でも覚えたのか、妖精どもの何十匹かは空を泳ぎ渡るとエリザベートを掴んだままでいる執事を抑え込もうとする。
《なによ、こいつ》
《犬だよ、こいつ》
《犬って、なあに》
《牧羊犬だよ》
《アイドルでしょ》
《ただし、わたしたち以下のね》
耐える執事だが、纏わり付いてくる妖精の数の暴力に航行が不安定になっていく。
それでも飛ぶ事を諦めないあいつは、ふらふらと体をよろめかせながらも目指す屋上へと滑空するように向かってくる。
すまねえ。ありがとう、執事。
これで少しばかりは奴らの数が減ってやり易くなるぜ。
機を見た俺は、全力疾走で駆け出した。




