女王
俺たちは螺旋階段を駆け上がる。
うねうねと緩やかに弧を描くようにして上へと続いている階段を駆け上がる。
必死の形相で息を切らし、汗を流しながらも、それを拭う事さえせずに駆け上がる。
二階を越え、三階を越え、四階を越えて、休む事なく駆け上がる。
「何階まで行けばいいんだよ、お下劣!」
「七階だ。そこに玉座の間がある!」
「そのボスってのは、王様気取りかよ」
「その通りだ、自分が世界で一番偉いと思っているような奴さ」
「ふざけやがって、絶対に引きずり落としてやる!」
文句を垂れながらも戦意の方は上昇して行く俺たちだったが、もう妖精の奴らも衛兵の奴らもどこにもいないもんで、言う程苦労もせずに七階・玉座の間の扉前へと辿り着く。
俺もお下劣女もそこで一旦息を整えてから互いに顔を見合わせると、二人揃ってこれ以上ないくらい乱暴に扉を蹴破ってから威風も堂々と中へと入って行った。
――ふすふす。くつくつ。
部屋に足を踏み入れた瞬間、いい加減に聞き飽きてきた宙を舞う妖精どもの笑い声が立つ。
玉座の間といっても、塔内だけに広くはないその空間の中央には華美な杖を握ったままでいる華美なドレスを着た一人の女が立っていた。
そしてその女の横には煌びやかな玉座があり、そこには一人の老人――ジョージ・マッケンスキーが虚ろな目を中空に向け、呆けたようにして座っていた。
俺たちの姿を確認した女は脇に座るジョージの事など全く気にする素振りもなく話しかけてきた。
「あら。闖入者のお二方。この無能妖精の皆様から聞いていますわよ。このわたくしのフェアリータワーに何か文句があるようで、先ほどから好き勝手に暴れ回っているとね」
お下劣女は嫌味ったらしい言葉を放つその女を睨みつけるようにするが、何がおかしいのかそいつは意地の悪そうな微笑みを浮かべながら、こつこつと音を立て、俺たちの方へと歩みを進めながら続けた。
「ねえ、闖入者にして騎士気取りの人間どのと……。無鉄砲なうつけ者の元・女王であらせられるヴィヴィアンさま」
ヴィヴィアンだと――?
相棒であるお下劣女へと視線を据え付けながら近付いて来る女が放つその名前。
そいつは確か、アーサー王伝説に登場する湖の妖精の名だったはず。
まさか、そいつがお下劣女の本名なのか?
俺は前に座るジョージを一瞥してから横目で隣にいる相棒の顔を窺うが、その視線は前だけを見据えて些かも動く事はない。
「あたしが闖入者ならば、お前は支配者気取りの愚者にして似非女王といった所かね。ねえ、謀反人のティターニア」
ティターニアと呼ばれた女の足がふいに止まるが、その口の方は止まらない。
「その腹立たしいばかりの物の言い様は力を失っても変わらないようね、ヴィヴィアン。それで、わたくしのフェアリータワーに今更のこのこやって来て、何をしにきたというのかしら。先に言っておきますけれど、つまらないクレームなら受け付けませんことよ」
「その点は心配ない。クレームよりも面白い反逆劇になるから安心するがいいよ。詳しい内容としては、あたしがその杖を奪い返して復権し、目から鼻から滝のごとく水を流すお前の失脚劇を鑑賞する、そんな喜劇とする予定だ」
「そう。実現できれば面白い展開ね。もっとも、そんな喜劇のチケットはこの世の誰もが必要としないと思いますけれど」
「少なくともあたしは必要とするチケットだよ。億を積んでも買うし、買えなければ自分の力でもぎ取ってやるつもりだ」
「出来るかしら、あなたに。ロッド・オブ・アヴァロンを持ち、今ではジョージすらも操るこのわたくしに勝てるかしら」
距離を保ちながら睨み合い、激しく言い合う二人の女。
何の話か詳しくはわからないが、そんな事は後から聞けばいい。
俺は二人の女の言い合いには口を挟む事なく、いつでも飛び掛かれるように心と体の準備をしていた。
数秒の沈黙が玉座の間を包んだ後、睨みを利かせるお下劣女が再び口を開く。
「出来るさ。あたしには湖の騎士にも負けない最高の騎士がいるし、それに、それこそがジョージの願いであり、ジョージとなったあたしの成すべき悲願――最もハードでデンジャーなミッションだからね」
発した言葉と共に、相棒が懐からあの謎の拳銃を素早く抜く。
その動きを敏感に察知した俺は、全身に軽く力を入れると目の前にいる妖精のボス、ティターニアへと躍りかかった。
※※※
力任せに制圧してやろうとボスに飛び掛かる俺だったが、近付いた瞬間、唐突に視界が白く染まり、体がふわりと宙に浮くような感覚を覚えていた。
その何とも頼りない浮遊感に一体何が起きたのかと、頭が現実の状況に追い付く前に体の方が痛みを訴えてくると、気付いた時には衝撃を感じると同時に、床に尻餅を突いていた。
混乱しながらも見上げる先には、杖を振りかざす妖精のボス・ティターニア。
長い金色の髪を優雅なドレスの裾まで下げるその女の背中には、いつの間にか薄く紫がかった大きな羽根を広げているのが見え、整ったその顔に似つかわしくない酷薄な笑みを浮かべている。
なるほど。これがあの杖、ロッド・オブ・アヴァロンの力って訳か。
魔法だか何だか知らないがデンジャーな武器もあったもんだ。こっちは何をされたのかさえわからねえときてる。
だが、さしたるダメージはない。俺は即座に立ち上がり、身構える。
――ふすふす。くつくつ。
そんな俺を見下ろすように宙を舞う妖精の集団は玉座の間を飛び交い、笑い声を立てながら囁き始めた。
《勝てないよ》
《誰にも勝てない》
《冒険のおわり》
《げーむおーばー》
《勝てないならどうするの》
《勝てないなら遊べばいい》
《負けるにしても楽しければ勝ち》
《勝てば官軍》
《けれど、待つは次の戦場》
《だけど、負ければ道楽者》
《だったら、どうする?》
《負けるが勝ち》
《わたしたちと踊ろうよ》
いつもの如く自由気ままに飛び回り、囁き出す妖精どもに俺は顔を顰める。
まずいな。こいつらもいたんだ。
只でさえ強力な杖を持つボス妖精と戦わなきゃならないってのに、この雑魚どもの相手をしてやる余裕なんて、こっちには一片たりともない。
しかし、奴らを放置すれば四方八方から突撃され、危機的状況は広がり、深まっていくのは明らかだ。
どうするべきか。
「おやめなさい、この頓珍漢の悪戯者ども!」
考える俺だが、意外な所から静止の声が上がると妖精たちは動きを止める。
声の主であるティターニアは杖を振りかざしながら高い声で続けた。
「あなたたちはこれまでに一体何匹やられたのか、その数を知っていますこと?あなた方が頓珍漢な上に悪戯者で勝負に勝つよりも先に遊ぶのを優先するのは結構ですけどね、このような無礼な闖入者を迎え入れてしまうのは、わたくしの本意ではないの。あなた方、能無しは手を出さずに黙って見ていなさい」
罵られている事をわかっているのか、理解さえしていないのか、飛び交う妖精たちは奇妙な笑い声を立てながら散開し、天井から壁まで張り付くと観戦の姿勢に入る。
奴らの動きが止まった事を確認したティターニアは俺へと目を向け言った。
「無礼者にして身の程知らずとはいえ、あなたもここまで来た身。この妖精どもの馬鹿さ加減は既に嫌と言うほどお分かりでしょう。けれど、ご安心なさい。この場に限っては、わたくしがあの馬鹿な悪戯者に代わって、もっとずっと嫌と言うほど実力の差を教えて差し上げますからね」
「出来ればそいつはベッドの上とかで教えてほしいね、美人さん。もしもあんたがそうしてくれるって言うなら、俺はその綺麗な羽根を引きちぎってから愛のポエムでも囁いてやるぜ」
「まあ、下劣な男ですこと」
クールに返してやる俺にティターニアは溜息を吐くと、ぱんぱんっという銃声が鳴り響く。
首を動かして見ると、回り込むようにしてティターニアの側面部から銃撃するお下劣女の姿が見えたが、放ったその攻撃は通らず、ティターニアは微塵も動かない。
「下劣と言えば、このあたしの事を言うんだよ。この憎ったらしい盗人女王めが、どうせ効かないなら犬のフンでも投げ付けてやろうか」
「下劣な女には下劣な男が付いてくるものですわね」
お下劣女は尚も精密な射撃をティターニアの手元に向けて続けるが、その度にちかちかと光る防護壁のような物が杖から広がり、攻撃は通らない。
あの杖、相当厄介な代物だ。しかし、幾ら何でも無敵ではないだろう。
俺は銃撃が打ち込まれる合間を縫って遮二無二突撃をかけるが、やはり初撃同様、吹き飛ばされ、床に転がる事になった。
「下劣な上に頭まで悪いだなんて、恐れ入りますわね。まるで獣か何かのよう」
ティターニアは倒れ込む俺を冷たい目線で見下ろすと、銃を下げ、疲労の顔を浮かべているお下劣女へと向き直り、続ける。
「その魔法弾、あと何発撃てるのでしょうね。そんな小さな魔力を込めた弾、人間には通じてもわたくしには通じない事くらい、ヴィヴィアンさまにもおわかりではなくって?」
「通じるまで撃ち続けるさ」
「通じるよりも前にあなたがご臨終になると思うけれど」
「その時はお前もあたしの道連れにしてやろう」
お下劣女は最後の力を振り絞るようにして銃を構え直すと、勝ち誇るような笑みを浮かべたままでいるティターニアへ向けて魔法弾とやらを放つ。
どんな時でも諦めない俺も、親愛なる相棒の勇姿を見るや否や、同時攻撃とばかりに飛び出していた。




