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最終兵器

――誰よ、それ。小野小町って誰よ。誰よ、そいつ。日本一って何よ。


 俺が小野小町の事を称えるように言い放ってやると、顔つきを変えた妖精たちは渦巻きでも作るような動きを見せ、やがて巨大な群体へと変じていく。

 よく見ると小さな群れの一団は上へ上へと飛び、増援部隊となる妖精を連れては大広間へと戻り、群体へと入って行くのがわかる。

 元々この大広間にいる奴らは外よりは少なかったのだが、応援を引き連れ、集合していくそれは、先ほど奴らが庭園で作った群体と同等かそれ以上と言ってもいい大きさへと変わっていく。

 見つめる俺も、その動きに応えるようにして庭園の時と同じように、いや、あの時以上に気合を込め、全身に力を入れると、更に言葉を続けてやる。

 奴らに負けないくらい挑発的に。煽るようにだ。


「小野小町を知らないのかよ。相撲取りだぜ。日本一の美女にして相撲の天才だ」


 妖精たちはけたけたと笑いながら囁く。


《相撲だって》


《歌人でしょ》


《どっちでもいいよ》


《どっちにしても意外と可愛くない》


《少なくともわたしたちよりは》


《抱きしめなよ、ばか》


《ばあか》


《抱きしめろ、うつけもの》


 挑発に乗った妖精の群体は、さながら海中を漂う魚の群れが捕食者を威嚇する時のような動きを見せながら程なくして巨大な球体状へと成り変わると、総攻撃と言わんばかりに突撃の態勢へと入った。


 ここが勝負だ。

 庭園の時は相棒に助けられたが、今度は俺一人でやってやる――


 覚悟を決めた俺が一つ瞬きをした直後、全身に大きな衝撃を感じた。

 体験した事はないが、そいつは車に跳ねられるような感覚だと思う。

 続いて耳が衝突音を感じると、全身に何かがぶつかったと脳が理解し始め、それからようやく痛みを覚える。


 全く、本当に素早い奴らだよ。

 俺は構えちゃいたし、突撃の態勢を取った所だって見てはいたが、視界に映ったのはそれが最後。

 瞬き一つした次の瞬間には、この状態だ。

 素早いどころじゃない。まるで稲妻だ。


 体が揺れる。脳が揺れる。意識が薄れる。押し込まれる――

 

 今、俺はどうなってるんだっけ。

 こんなに力んで俺は一体、何を抑え込んでるんだったっけ。



※※※



『俺は俺の道を行くけれど、お前は夢の世界、東京フェアリーランドへ行くんだ。お前なら出来るって、俺は信じているぜ』


 どこか遠くからかつて出会い、そして別れた親友マブダチ、安藤の声が聞こえるような気がした。

 あの日、空へと旅立った安藤。俺はあの時、何て言って送り出してやったんだっけ。

 何か面白みのある冗談が言いたくて、天使の羽根をひきちぎれとか何とか言ったような気がするな。


『弦次郎!私は絶対に、あなたを捕まえてみせるからね!女の執念を甘く見ると、下水道よりも怖い事になるんだから……』


 続いてあの心配性の美少女ボニータ、綺羅星ちゃんの声が聞こえるような気がした。

 そういえば、彼女と別れたのは下水道へ入る直前だった。

 あの子、今この瞬間にも渋滞に並んでるんだろうな。


『私はいつか、弦次郎様に泣きながら貰い手になりたいと言わせてみたいです』


 今度は下水道を行く途上に出会った少女、リリーの声が聞こえ出す。

 あの真面目な子が司祭に向かって豚野郎と罵声を浴びせたのは気分が良かったな。

 彼女、きっと今頃は目を輝かせて世界の広さを勉強してるんだろう。

 それも俺との再会を果たすためにだ。


 まるで走馬灯のようにして脳を駆け巡る旅路の記憶。

 フェアリーランドを目指して未曾有の大渋滞の中へ飛び込み、そこで出会ってきた奴ら。

 それは、どいつもこいつも気のいい奴らだったとは言わないが、大切だって思える奴にも出会ってきた。


 何より、俺でさえそうなんだ。

 多くの出会いと別れを繰り返したのは他の渋滞仲間にしたって、きっとそうなんだろうと思う。

 そんな奴らが今では妖精の虜となり、俺たちを追い回し、外では暴動を始めようとしている。

 今まで自分の事ばっかり考えて、フェアリーランドにさえ辿り着ければいいと思っていた俺が言うのも何だけど、そいつだけは食い止めなきゃならねえ。絶対に、何としてもだ。


 俺は目が覚めるような感覚を覚え、踏ん張ってみせる。

 奴らに体をじりじりと押されながらも、歯を食い縛り、抱き込んだままでいる球体状の妖精の羽根を何枚か引きちぎってやると、ひゃあ、びえぇ、といった小さな悲鳴が幾つか上がり、奴らの推進力は僅かながらも弱まっていく。

 そこに起死回生の機運を見た俺は渾身の力を込めると、奴らを押し返し、吹き飛ばした。



※※※



 がしゃん、がしゃんと広間に何か固い物が割れるような音が響き渡る。

 高価そうなカーペットに仰向けに倒れ込みながらも首を動かし、周囲を確認する俺は、相棒が広間に飾られた花瓶を投げ付けては水浸しになった妖精たちを丹念に踏み潰して回る姿を見た。


「よう、お下劣。後始末ありがとよ」


 きゅう、びぎゃ、と鳴きながら光の粒へと変わっていく妖精を尻目にお下劣女が言葉を返す。


「おめでとう、弦次郎くん。小野小町に代わる新しい横綱の誕生だね」


「そいつはいいが、問題もある。俺のようなイケてる男には、まわしが似合わないって事だ」


「もっと大きな問題がある。弦次郎くんが死出の旅路の折には、小野小町に何をされるかわからないというね」


 敗残兵となった妖精の最後の数匹を潰してからお下劣女は微笑み、倒れ込んでいる俺へと右手を差し出した。


「こいつはどうも、女王様」


「感謝するよ、暴れ者の騎士殿」


 お下劣女から差し出されたその手を取り、立ち上がると、すっかり静かになった大広間に俺たちは並び立つ。そして、倒れている衛兵たちを避けるようにして再び螺旋階段前へと歩を進める。

 後は上に昇って妖精のボスとかいう奴から魔法の杖を取り上げてやるだけだ。


 それにしても妖精はもちろん、この衛兵たちも妙だった。

 どいつもこいつも床にぶっ倒れて物も言わなくなっているが、その体には出血どころか傷一つない。寝ているだけのようにさえ見える。さっきからぱんぱん銃撃音が立っては沈んでいったこいつら、衛兵は一体どんな状態にあるというのか。

 俺が不思議そうな顔をしていると、お下劣女はそれを察したのか拳銃を見せながら口を開く。


「これは特別な武器なんだよ。肉体を傷付ける事もなく相手を無力化出来る。あたしにしか使えないものだ。通常ならね」


「何だよ、そんな便利な物があるならもっと早くから使えよな」


「あたしもそうしたい所だが、気軽に使う事は出来ないんだよ。これは、この日のための最終兵器なのさ」


電磁砲レールガンだかプラズマガンだか、俺にはわからないが随分とデンジャーな銃だぜ」


 見た所、実弾ではないようだから多分、電気か何かを放出しているのだろう。

 俺は大して気に留める事もなく階段に足をかけるが、その直後、隣にいる相棒が膝を折ってその場に蹲った。

 取り落した拳銃がからからと音を立て、床を転がるが、俺は構う事なくお下劣女へと駆け寄り、声をかけた。


「おい。どうしたよ、お下劣。どこかやられたのか?」


「どこもやられていないと言えば嘘になるが、受けた傷など小さく些細な事だよ。弦次郎くんに比べればね」


「無理するんじゃねえ、この自信家が。俺の強靭な肉体の事なら何も問題はない。それより、少し休むぞ」


 それだけ言ってから俺は床に転がった拳銃を拾い上げるが、そいつはどうにも妙な物だった。

 武骨で重厚感溢れるその黒い塊は見た目こそ本物のようではあるが、実際に握り締めてみると異常なまでに軽く、中には弾どころか水や空気さえも入っていないのではないかと疑ってしまうような物であり、例えて言うなら幼児向けの玩具のようでさえあった。


 てっきり科学兵器か何かかと俺は思っていたのだが、それにしたって軽すぎる。それこそ羽根のような軽さのそれは、玩具どころか物質として不自然ささえ感じる有様だ。

 一体、こいつはどういう武器なんだ?

 お下劣女は荒い息を吐きながらも銃を握る俺へと言った。


「試しに撃ってみるかい。その辺の壁に向かってね」


 俺は軽く頷き、言われるがまま壁に向かって狙いを付けるとトリガーを引いてみる。

 しかし、今しがた、お下劣女が自分しか使えないと言った通り、反応は何もない。何度引いても反応どころか音さえ立たない。


「こいつは驚きだ。トリガーが指紋認証でもしてくれてるのかよ。だとしたら、いざって時には余計なお世話になっちまうな」


「その通りだよ。もしもこの先、あたしがやられてこの銃を取り落とすような事があったとしても、拾い上げた弦次郎くんには使えない」


「わかってるさ。その代わり、敵が拾い上げたとしても使えないってのが利点なんだろう。まあ衛兵はもういない訳だし、こうなるとデメリットしかないが」


「話を急ぐな。さっきも言っただろう。通常なら使えない、とね」


 蹲るお下劣女は弱弱しい声を上げながらも、真剣な眼差しを向けて言う。

 続けて最後の作戦を簡潔に伝えてきた。

 それは作戦とはいっても、何の事はない単純なものではあったし、一つの手立てに過ぎなかったが、この先の戦いを見据えるならば覚えておいても損はないものだった。

 問題は妖精のボスとやらがどれだけ強いのかだ。最後の問題はそれだけだ。


「話はわかった。ちょっと待っとけ」


 首を傾げるお下劣女を尻目に俺は外周壁面に飾り付けられている鉄杖を持ち出すと、塔への入口となる両開き扉まで駆け、洒落た二つのノッカーの間に鉄杖を突っ込んでやった。

 何ともレトロな鍵のかけ方ではあるが、やらないよりはずっとマシだ。これで少しばかりは時間が稼げるだろう。

 やがて、外から押し寄せてくる暴徒の叫び声が迫って来た時、俺たちは重たい腰を上げ、疲れた体に鞭を打ち、嫌味ったらしいほど綺麗なままでいる螺旋階段を駆け上がり始めた。

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