小野小町
フェアリータワー一階、大広間。
広々としたその空間は塔というよりは城に近いもので、その内装は妖精の像や絵画、宝石などに彩られ、大理石造りの床には赤と白と桃の瀟洒なカーペットが敷かれて見るも麗しいものであった。
一階中央部には、硝子細工を思わせる美麗な螺旋階段。階段を囲う外周部には観賞用の鉄杖やら古めかしくも美しい本棚やらが整然と並び、それらは、おそらくは塔内の壁中に設置されているのであろう、埋め込み型の超小型ライトの光を反射し、きらきらと光っては華やかさを演出している。
その光景は侵入者である俺たちにさえ夢を見せ、惑わすかのようでもあった。
――ふすふす。くつくつ。
嘲笑うかのような妖精たちの声が飛んでくるが、奴らの姿を確認する事は出来ない。
こんな部屋だ、隠れる場所など幾らでもあるし、雑魚に構ってもいられない俺たちは急ぎ、螺旋階段へと駆け出すが、囁き声は続く。
《闘技場だよ》
《広間じゃないよ》
《リングだよ》
《決闘ごっこしよう》
続く囁きを無視し、俺たちが螺旋階段へと足をかけた所でどすどすと大きな音を鳴らし、上階から下階へとやって来る者が複数人いた。衛兵と化した人間様の登場だ。
奴らは怒気を孕んだ顔を浮かべ、俺たちへと威嚇するように言った。
「お客さん、車から降りてもらっては困りますね。あくまでも妖精様は鑑賞して楽しむものなのです。ルールが守れないようなら腕ずくでも出て行って頂きますよ」
さて、こいつらをどうしようか。
俺は隣にいる謀反人仲間のお下劣女を横目で窺うと、こいつときたら懐に手を入れて拳銃を出しやがった。
お下劣女はそのまま銃口を衛兵に向けながら脅迫するように言う。
「不用意にあたしの前に立つんじゃない、この惚気者の衛兵気取りが、あたしの顔さえ忘れたか。さっさと道を開けるか、撃たれて倒れるかさっさと選ぶんだね。さあ。どうする、惚気者」
「おいおい、相棒よ。そんなもん一体どこで手に入れたんだ?」
「本物ではないよ。だが、威力の方は本物以上だ」
「そりゃあいい。しかし、そうしているとレトロなヤクザか何かみたいだな」
拳銃を構え、凄むお下劣女に黒スーツの衛兵たちが足を止める。
奴らの表情には確かな焦燥の色が見え、固まっているが、しかし、未だ撤退しようとはしない。
《ひきょう者だ》
《闘技にならない》
《ずるっこだ》
《ずるはだめだよ》
そうして俺たちが睨み合っていると膠着状態を見かねたのか、あちこちに隠れていた妖精たちが囁きながら飛んでくる。
その姿を確認したお下劣女は衛兵に銃を突きつけながらも、ちらと視線だけを動かし、俺へとサインを送ってくる。
どうやらもう一暴れしなきゃならねえようだ。俺たちは自然に互いの背中を預け合う恰好となった。
俺は襲撃してくる妖精を迎え撃つ態勢へと入る。
相棒は衛兵気取りの人間様たちの足を止める。
最後にして最大の制圧、奪還作戦は協力戦で乗り越える向きとなった。
※※※
飛び交う妖精たちと応戦の構えを取る俺。
拳銃を武器に睨みを利かせるお下劣女と、歯軋りしながらも決して後ろへ退かない衛兵たち。
やがて、一発の銃声が鳴り響くと、大広間は大混戦の様相を呈する事となった。
俺はお下劣女の銃を奪ってやろうと突撃してくる妖精たちを掴み取っては力を込める。
妖精どもは、ぶぎぃ、ひぎぃ、と奇妙な悲鳴を鳴らし、即座に光の粒へと変わり果てていく。
奴らの動きは速いが狙いはわかっているから、事はやり易かったと言えた。
俺は電光石火の動きで次々と迫りくる妖精どもを打ち落とし、掴み取り、踏みつけ、庭園の時と同様に頭を振っては虫のようにしがみ付いてくる妖精たちを振り払う。
また、ぱんっという乾いた音が鳴った。
すぐ近くで発される銃声と同時に、お下劣女へと躍りかかってきた衛兵がその場に倒れる。
もう何人やったのかわからないが、螺旋階段の上からは、どすどすといった慌ただしい音をお供に応援部隊らしき衛兵が次々と引っ切り無しに駆け下りて来る。
《強いねぇ》
《ちょう強いよ》
《そしておもしろい》
《もっと踊ろう》
《わたしたちと踊ろう》
《真夏の夜の夢が明けるくらいまで》
俺もお下劣女も衛兵さえも、必死の形相で戦うが、こいつらだけは顔色が変わる事はない。けたけたと笑いながら、潰しても潰しても悠々と飛翔し、飛来し、襲撃してくる。
「憎ったらしい野郎だな!」
尚も奴らを潰しながら俺は叫んだ。
《野郎じゃないよ》
《可愛いでしょう》
《世界でいちばんね》
《光体になるまで抱きしめて》
笑い続ける妖精たちは、もう銃や衛兵の事などどうでも良くなったのか、動きを変える。
奴らは狙いを俺一人に絞ったようで、中空へと戻ると仲間同士、間隔を空け、時間差を付けての突進攻撃を仕掛けて来た。
俺はそれらを掴み取ろうとするも避けられ、空振った腕を戻す暇もなく前から後ろから続けての攻撃を受ける。
更に髪を引っ張られたり、転倒させられそうになったりと危機に陥いるが、その度に右手で銃を撃つお下劣女が左手に持ったスプレーを吹き付け、体に纏わり付いてくる妖精を払ってくれた。
「助かったぜ、お下劣!」
「お互い様だ。この惚気者を全員倒したら強行突破するよ、弦次郎くん!」
続けて銃声が鳴り響き、ばたりばたりと衛兵が倒れていく音が響く。
一方で妖精の奴は狙い澄ましたように突撃をかけ、それを紙一重で躱す俺は、ついでに腕を伸ばしてそいつを掴み取ろうとするも、またもあえなく空振りしてしまった。
《なんで避けるの》
《触っていいんだよ》
《抱きしめていいんだよ》
《そのためにここまで来たんでしょ》
《抱きしめなよ》
《可愛いわたしたちを抱きしめなよ》
畜生が。
奴らには多彩な戦法があるらしいが、実際の所、こういう身体的長所を活かした変幻自在の攻撃こそが最も厄介だ。何か有効な手立てはないか。
凄まじい速度で次々と飛来する妖精の攻撃を受け、掴み損ねながら俺はヤケクソ交じりに叫ぶ。
「俺に抱いてもらいたいなら小野小町でも連れてきやがれ!」
ぴくりと妖精たちの動きが止まった。
俺の叫びが広間に木霊すると同時に、奴ら、妖精は攻撃の手を止め、各々が不思議そうな顔をして宙に留まり、仲間同士で顔を見合わせ、首を傾げては目の色を変えていく。
《誰よ、それ》
《古今和歌集だよ》
《小野小町でしょ》
《誰よ、それ。小野小町って実は可愛くないよ》
――誰よ、それ。誰よ、それ。誰よ、それ。
その様子を見る俺は、思わず口元が緩むのを感じた。
奴らのこのやり取りはトンネルの中でも聞いた覚えがある。
何の事はない。こいつら、自分たちこそがこの世で最も可愛いと思っているんだ。だからこその、この反応だ。
俺は続けて絶叫するように声を上げてやった。
「小野小町は世界三大美人にして、日本一と誉れ高い美女だ!」
妖精たちは一斉にこちらへ目を向ける。
その顔つきは相変わらず笑っちゃいるが、今までとは別の凄みを帯びていた。




