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横綱

 庭園へと突入した俺たちは軽く首を回して周辺を見渡した。

 こんな風に妖精に支配されているといっても、手入れは行き届いているらしい。ピンクと白のレンガで舗装された綺麗な道は、周辺を色鮮やかな花々と低木で彩られ、奥に目を向ければ優美な造りの噴水が見える。更にその先には華美な装飾が目を引く長い、長い塔が佇む。

 庭園から塔まで続くレンガ道は迷路という程ではないが、花壇と低木のおかげで真っ直ぐには進めない作りになっているようで目的の塔自体はすぐそこに見えるのだが、思ったよりも回り道をする必要がありそうだった。

 更に言えば、先ほどまで聞こえていた妖精の笑い声もどこへやら、辺りは不気味な程に静まり返っている。


 その不気味な様子に奴ら、また何かデンジャーな悪ふざけでも考えているのかと思った矢先の事だ。

 花壇の陰から低木の中から妖精どもがひょっこり顔を出し、その内の数匹が猛然と飛んでくる。

 俺はすぐさま迎撃の構えを取るが、奴らが接近するよりも前に隣でしゅうっといった軽快な音が鳴り、次いで、びえぇ、と奇妙な鳴き声が上がると共に妖精がぽとぽとと地面へ落ちていく。


「おい、お下劣。そのスプレー何なんだよ。殺虫剤か?」


「ただの水だよ。詰め替えた」


「奴ら、水が弱点なのか?」


「弱点なんて大袈裟なものじゃない。水を浴びさせて動きを鈍らせているだけだ」


 そうか。奴ら、あんな小さい身体だ。

 羽根が水に濡れでもすれば、その重さで動きが鈍重になって上手く飛べないって訳か。


「いいから走るぞ、弦次郎くん。塔はもう目の前だ、こっちから回って行くぞ」


 お下劣女は地面に倒れる妖精を踏みつけながら駆け出そうとする。

 俺はその肩を掴んで引き留めてから言った。


「まあ待てよ。面白い事を思い付いたからさ」


 お下劣女は怪訝な顔をして振り返るが、説明している暇もない。

 俺は息を整え、くつくつと笑い声だけを立てている妖精どもへ向けて絶叫してやる。


「ほら、来い。妖精ども!世界に名だたる騎士であるこの俺がお前らに日本の国技、相撲を教えてやるぜ!」


――ひょこり。くつくつ。ひょこり。ふすふす。


 俺の放つ挑戦的な叫びを受けた妖精たちは庭園内のそこかしこから顔を出し、各々が悪戯っぽい笑みを浮かべ、その目を好奇心で光らせ始める。

 やはり乗ってきたか。奴らに応えるようにして俺も笑んでみせた。


「弦次郎くん、ついさっき本気になるなと言ったばかりだろう」


 目を瞬かせるお下劣女の腕を取り、俺は自信満々に言ってやる。


「いいから黙って後ろを付いてこい。俺が道を切り開いてやる。回り道なんかする必要もねえよ」


 そのまま俺は花壇を踏み越え、低木の中を突っ切り、道なき道に我が道を作らんとばかりに駆ける。


《国技だって》


《それ、麻雀じゃないの》


《それ、国士無双じゃないの》


《このお兄さんはおもしろいね》


《かんたんには壊れないよ》


《いっぱい遊べるよ》


《麻雀じゃなくて相撲でしょ》


 障害物を破壊しながら強引に進む俺へと妖精たちは笑いながら囁き合う。

 その内の一匹が空へと飛び立つと踊り始め、歌を歌うような恰好を取ると、周囲を囲むようにしている妖精どもが仲間の姿に引き付けられるようにして集合していく。

 宙を舞う夥しい数の妖精たちは、あっという間に巨大な群体へと発展し、ぶちかまし、ぶちかましと喜びの声を上げ出すと、庭園を走る俺の体めがけて飛んできた。


「弦次郎くん、避けろ!幾ら何でも大きすぎる」


「下がってろ、この俺が全て受け止めて押し返してやる」


 俺は後ろにいるお下劣女を弾き飛ばし、彗星のように降って来る妖精団を迎撃するため、腰を落として全身に力を込めた。


 ずんっといった衝撃音を耳に感じたのは、体に激痛が走った後だった。

 俺は妖精の群体を両手で受け止める事に成功するも、額からは脂汗が流れるのを感じていた。

 だが、耐えられる。一瞬でも気を抜けば押しこまれて振り出しにまで戻っちまいそうだが、逆に言えば気さえ抜かなければ耐えられる。押し返せる。俺は自分の強さを信じて妖精の群体を抱きかかえるようにしたまま力む。


《かたいね》


《つよいね》


《歴史的だよ》


《きろく的》


《本当に横綱だったの?》


 俺たちの力比べは何十秒間も続いたが、お喋りな奴らは程なくして体よりも口の方ばかりを動かし始め、そのおかげで奴らの力は幾分か緩みを見せた。

 俺はこの機を逃すまいと、粉骨砕身、身体中にしがみ付いてくる他の妖精たちを振り払う事さえせずに群体を抱え込んだまま前へと強引に走り出す。


 目的の場所は、もうすぐそこだ。この状態にあったって、一分もかからない。

 大量の妖精を抱きかかえたまま走る俺は、全ての力を振り絞るようにして駆け、やがて辿り着いた噴水めがけて飛び込んでやった。



※※※



 ふぎゃあとか、ひぎいとか、水に濡れた妖精どもは何とも奇妙にして魅力的な声を上げると、極寒の大地へ放り込まれた蠅のごとく力のない飛行を披露し、その隙を突いて追い打ちをかけるお下劣女に次々と光の粒へと変えられていく。

 そいつを見守る俺といったら、水も滴るいい男って具合で、たまに手を出しては妖精を叩き落としてやりながら相棒へと笑顔を向け、言った。


「どうだよ、俺の作戦は。上手くいっただろう」


「確かに結果的には上手くいったけれど、こんな滅茶苦茶ばかりしていては弦次郎くんの体が持たない」


「へっちゃらだ。お前も俺という男がどれだけ強いのか、いい加減に理解出来た事だろう」


 笑って答えるも咳き込む俺は唾を吐き、続ける。


「見ろよ、水も滴るいい男だぜ。滅茶苦茶どころか気持ちいいし、ついでに水浴び出来て良かったぜ」


「弦次郎くん、体を見せて。今、吐血したでしょ」


「吐血なんかしてねえ。ちょっと口を切っただけだ。何ともねえよ」


 お下劣女は最後に残った何匹かの妖精を握り潰すと、真剣な眼差しを向けてくる。


「冗談じゃ済まなくなるよ」


「冗談言うほど元気が有り余ってるんだよ」


「その冗談もいつもに比べて切れが悪い。少し休もう。これだけやれば奴らもすぐには復活しない」


「大丈夫だって言ってるだろ。俺はかつて北海道全域をシメた男だぞ。第一、本当に厄介なのはこいつら妖精じゃない。聞こえるだろう、後ろから妖精の奴隷と化した人間様が迫って来てる」


「そうだね。それもそうだったね。人間といえばもう一つ、悲報を付け加えないとならないんだが、塔の中にもきっとガードマンが配備されていると思う。それも、れっきとした人間のね」


「任せとけと言いたい所だが、相手が人間となると加減の程が難しいな。何しろ俺は強すぎる」


「わかっている。それはあたしが何とかしよう。約束する」


 お下劣女は決意を込めたような目をして言う。

 どうするつもりか知らないが、今は詳しく聞く時間もない。

 この場を制圧したとしても、ちんたら話してたら後ろから迫る人間様と、まだまだ残っている妖精どもに追い付かれ、無駄で無意味な戦闘を強いられるだけだ。

 それに、俺はあいつら元・渋滞仲間たちに対しては、なるべく手を出すような真似をしたくはなかったし、そんな気分にだけは絶対になれなかった。


「近付いてくるぜ。追撃される前に行くぞ」


 すぐ目の前、噴水後ろからの小路を抜けた先に広がる一際豪華な風情のレンガ道。

 先に見えるは妖精たちの本拠地にして本丸、フェアリータワー。


 力強く呟く俺は、その言葉にも負けない足取りでレンガを踏みしめ、先へと歩く。

 頷くお下劣女も、もう余計な事など何も言いはしない。


 後は戦うだけさ。

 勝つとか負けるとか、今から考える必要なんて少しもない。出来る事をするんだ。

 それが最もハードでデンジャーなミッションをこなせる男ってもんだ。


 大きな門を潜り、美麗な扉を開け、俺たちはついに塔内へと突入した。

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